7-21 過ぎたるもの及ばざる如し(矢番え)

弓道の心はすべて中庸であり、過ぎたるものは及ばざる如し。

たとえば「矢番えに上下の口伝これあり」、矢筈を上に番える時矢は下に飛ぶ、下に番えるときは逆に上に飛ぶ。修行を積んでくると、狙いというものは微妙なものであり動かしにくいので、この現象を利用して微調整することが、江戸時代から伝えられています。
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4-22 押手の捻りの過不足(及)

弓道の難しさは、「楽にして強く働かせる」とか、「肩や腕を突っ込まないで強く押す」などのように、一見反対に思えることを同時に行うことにあるように思います。
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4-21 手の内について

手の内について「斜面と混同せず正面の良さを学ぼう(月刊弓道 2004年4月号)」を読んで一寸意見を述べます。自分はこれに議論を挑むつもりはありませんが、これを書いた方は最高位の達人であり、その手の内の写真から素晴らしい凄い射手であろうと推察いたします。だからこの写真を見るだけで非常に勉強になります。しかし、その論文は力学的な力の釣り合いから説明されていますが、自分とは違った見解になっていますので一寸意見を書きます。
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8-13 心の動揺

そもそも弓道の修行はすぐに動揺して収まらない心と体をもって行うものであるので、静止して動かない的を射るだけなのに、なかなか容易ではありません。
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4-20 鵜の首の手の内

押し手の極意として、五箇の手の内の1つに「鵜の首」があります。浮きたる手の内といい、上押し気味ながら手の平に空間を作って軽く押す手の内です。親指と人差し指の又(虎口)を開いて線として押し、下側の小指、薬指を詰める上開下閉の手の内です。これは、鵜が飲み込んだ魚を漁師が出させるときの手の使い方という説明もありますが、よく判りません。
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4-19 らんちゅうの手の内

五箇の手の内の1つに鸞中(らんちゅう)の手の内があり、昔の伝書では卵の字を秘して鸞の字を用いるとあります。
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4-18 柔らかい離れ口はお札を数えるように

母の巻へ移動しました。

4-17 手の内を柔らかくは緩めることではない

手の内を「どこまでも柔らかく」との指導を受けましたが、これは初心者の指導において誤解を与える恐れがあると思います。
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4-16 卵中の手の内は卵を落とさないように

通勤電車の中で、弓道のことを考えていましたら、「卵中の手の内というのは卵を握るようにというが、むしろ卵を落とさないようにすべき」と思いつきました。これは思いつきだけで書いていますので、これを定説とは思わないで、眉に唾を付けて読んで下さい。
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4-15 上下開閉のこと

「上下開閉」と云う言葉は、竹林の伝書には「鵜の首」の手の内において、上は親指と人差し指の間を開き気味にして、下は小指を閉じて小さくする押手として説明されています。また、上を柔らかくして、下を強めに握るのは、卵を握るようにとか、鳥の雛を握るようにと云う卵中とも、あるいは親指、小指薬指で握る三毒とも共通しています。
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小笠原流 流鏑馬

小笠原流 流鏑馬 | 小笠原流が各地の神社で奉仕する流鏑馬を網羅した写真集。各地それぞれの行事の特徴や装束が美しい写真で解説される。観覧者が通常見ることのない稽古の様子や小笠原流の歴史についても書かれており読み物としても興味深い。数百年の時を経て継承されてきた古流の現在を記録し後世に残すという意味で資料としての価値は高い。

小笠原流弓と礼のこころ

小笠原流弓と礼のこころ | 小笠原流宗家(弓馬術礼法小笠原教場三十一世小笠原清忠)著。一子相伝800年の小笠原流の歴史や稽古法などについては40年程前に先代宗家の著した書があるが、本書では加えて武家社会終焉以来の「家業を生業とせず」という家訓を守ること、そしてこの平成の世で礼法のみならず弓馬術の流儀を守ることへの矜恃が綴られる。

弓の道 正法流入門―武道としての弓道技術教本

弓の道 正法流入門―武道としての弓道技術教本 | のうあん先生こと正法流吉田能安先生の教えを門人達が記録した書籍。のうあん先生は古流出身ではないが、古流を深く研究した上で現代正面射法を極めた人といえる。射法についての解説はもちろんのこと、伝説の兜射貫きや裏芸といわれる管矢についての記述も読み応えがある。

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