home >  弓道四方山話 > 巻の壱 「天の巻」

1-2 我は大日如来なりと思うべし

古書に曰く「目中(めあて)に用いる日月身と云う心は、我は大日如来と思うべし」これを「大日の曲尺」と云う。
めあてに用いるとは正しく的中するためにという意味であり、そのためには自分は大日如来であると思いなさいと書いてあります。大日

如来は天地の中央にありて、何も恐れるものもなく堂々と涼やかにおわすものです。

我も弓のうらはずと本はずの中央にありて、陰陽の中央にある大日如来にあれば、何の恐れるものも無く如何なる儀式でも貴人の前にても、恐れる事なかれと云わんがためである。

どんな熟練の達人でも、恐れる気持ち(萎縮、臆する、入れ込み)があるときは、とかく仕損じるものであるので、心をゆるりと筋骨も伸びやかに、悠然と行うのがよい。

この「大日の曲尺」は、大試合のここ一本というとき、上がらないためのおまじないとしても大いに効き目があると思います。緊張のあまり足がガタガタするとき、弓構えにおいて小さな声で「我は大日如来なり」と口の中で呟き、自分に云い聞かせます。そうすれば気は丹田に沈み、悠然とした気持ちになれるはずです。

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