1-10 射法訓に前文がありました
この射法訓の前文は、弓道の修練の簡単そうで奥深く、捉えにくい、三位一体にして無心無限の心を、こめて本文につなげています。
文章は一見難解に思えますが、読み返してみると、極めて判り易くかかれており、この射法訓だけで教本の全体を凝縮しているように思います。
【吉見順正 「射法訓」の全文を引用】
抑々(そもそも)、弓道の修練は、動揺(どうよう)常なき心身(しんしん)を以て、押し引き自在の活力を有する弓箭(きゅうせん)を使用し、 静止不動の的を射貫く(いつらぬく)にあり。
その行事(ぎょうじ)たるや、外頗る(すこぶる)簡易なるが如きも、 其の包蔵(ほうぞう)するところ、心行相(しんぎょうそう)の三界(さんがい)に亘り(わたり)、 相関連(あいかんれん)して機微の間(きびのかん)に、 千種(せんしゅ)万態(ばんたい)の変化(へんげ)を生じ、 容易に正鵠(せいこく)を補足(ほそく)するを得ず。
朝(あした)に獲て(えて)夕べ(ゆうべ)に失い、 之を的に求むれば、的は不動にして不惑(ふわく)、 之を弓箭(きゅうせん)に求むれば、弓箭は無心にして無邪なり。
唯々(ただただ)之を己に省み(かえりみ)、心を正し身を正しゅうして一念生気を養い、 正技を練り、至誠を竭(つく)して、修行に励むの一途(いちづ)あるのみ。
正技とは、弓を射ずして、骨を射ること最も肝要なり。 心を総体の中央に置き、而して弓手三分の二弦を推し、妻手三分に一弓を引き、而して心を納む是れ和合なり。然る後、胸の中筋に従い、宜しく左右に分かるる如くこれを離つべし。
書に曰く、鉄石(てっせき)相剋して(あいこくして)火の出ずる事急なり、即ち、金体白色、西半月の位なり。
【異説:射法訓口語訳】
奈良県の松岡先生のホームページ「日本弓道の精神」の中で教えてくれた「射法訓のまえがき」は、本文に負けないくらい面白いと思います。 例によって、へんちくりん流、いや我流の口語訳を致しましょう。
そもそも、弓道の修練と言うものは、一寸したことですぐに動揺し安定しない心と身体によって、押すも引くも行う人のとおり自在であり、固有の反発力を持つ弓矢を使用して、静止して動かない的をいかにして中て、貫通させるかにあるといえる。
その行いは一見すこぶる簡単そうにみえるが、その中に含まれる所には極めて奥深いものがある。
心技体の三つの要素において、それぞれのベクトルの微妙な変化が、お互いに関連しあって、一千種類にも一万とおりにも変化を生じて極めて複雑であり、なかなか正確に的の中心を掴み、会得することはできないものである。
ある朝にこれを把握できたとしても、その日の夕方にはもう判らなくなってしまうようだ。
これを的のせいにしようとしても、的は不動であり、迷いもない。
また、これを弓矢(道具)のせいにしようとしても、弓矢は無心であり、欲もごまかしもない。
修練と言うものは、ただ自分の心技体について省みることであり、心を正しくして、気を正しく念じ、正技(正しい射法)を訓練し、至誠をつくして、ひたすら修行に励むことだけしかない。
正技(正しい射法)と言うのは、弓に打ち勝って引くぞと言うことではなく、骨法にしたがって体の関節にうまくはめこむ要領で、射ることが最も肝心である。
先ず気持ちを総体の中央、すなわち丹田に置いて十文字の姿勢を正しくすること。
大三では弓手は3分の2の力のつもりで弦が引かれるのを感じながら押す、 妻手は3分の1の力のつもりで弓の反発力を感じながら引くこと。
押手は大目のつもりで勝手は3分の1のつもりであるが、押手は押手に勝手は勝手にそれぞれ別々の力にかたよるのではなく、力の弱い左手を大目にして、押手主導でおこなってこそ均等になるよと言うためです。
そうして、心を丹田に納めて、左右均等に引き分けたかたちが、左右の釣り合い、父母の釣り合いであり、合い和すること、すなわち和合である。
その後、胸の中筋の十文字を中心にして、丁度左右均等に分離するように、離れを出すようにしなさい。
昔の奥義書に、「鉄の楔を大石に打ち込んだ時、パチンと火花が飛んで一瞬に割れるように離れるのが良い」とある。
この離れのあとの残身のたそがれた形が、五行道(五輪)の最後の未来身であり、黄昏に白く輝く金星であり、西に半月を見るような気持ちである。
相当に独断と偏見に満ち溢れた、へん竹林流の解説です。これはたぶんに冗談交じりですので、信用しないで下さい。
櫻井 孝 | 2001/10/29 月 00:00 | comments (2)
| -
コメント