引目籐

読者から以下のような疑問が寄せられました。

現在の一般に市販される竹弓には、5か所の籐を巻いていますが、握りの下のものを『蟇目叩籐』で、矢摺籐の上は『匂籐』と理解しています。この『蟇目叩籐』は、この部分で、蟇目のそくりの中に入った砂をコンコンと叩いて落とす、そのあたりの籐であるためにこの名称がついた、と読んだことがあります。
しかし、本多利實翁の口述の記録の中に、「矢摺籐の上に巻くものを蟇目叩籐という。これは、馬上で矢を手挟んだ時に、ちょうど蟇目鏑矢がこのあたりとぶつかって、カタカタと音が鳴って弓を叩くので、蟇目叩籐という。」という記載を見つけました。

蟇目叩籐とは握りの下に巻くものなのか、それとも矢摺籐の上に巻くものなのか。果たしてどちらなのでしょうか。

国会図書館デジタル化資料「弓道講義」
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7-30 会の弓道教歌

「よく引いて 引くな抱えよ 保たずと 離れは弓に 知らせぬぞよき」

これは、竹林流弓術書「四巻の書」に竹林坊如成が詠んだ弓道教歌であり、なかなか難解な歌であるが、味わい深いものがあるので、我流の解釈をしてみたいと思います。
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6-19 引き分けの弓道教歌

 射法に従い、程よく骨相筋道に嵌めて、引き収めたいと思っていますが、大三から引き分けに移りゆくとき、何となく手がかりが無くなって、頼りない気分になることがあります。そんなとき、どうしたら正直に(正しく真っ直ぐに)引き納められるのだろうかと思います。

 古書から、引き分けに関する弓道教歌を見つけたので、我流の解釈をしてみたいと思います。
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手袋考4

画像は自作諸ガケ(堅帽子)です。

諸ガケ2
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手袋考3

画像は自作諸ガケ(帽子無し)です。

手袋5
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手袋考2

画像は自作の騎射手袋です。

手袋4
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手袋考

一昨年のことですが、フランス人の後輩が同門の行事で来日しました。その折に土産として騎射で使う手袋を縫ってプレゼントしました。

手袋2
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小笠原流 流鏑馬


小笠原流 流鏑馬

小笠原流 流鏑馬

ハースト婦人画報社
小笠原流が各地の神社で奉仕する流鏑馬を網羅した写真集。各地それぞれの行事の特徴や装束が美しい写真で解説される。観覧者が通常見ることのない稽古の様子や小笠原流の歴史についても書かれており読み物としても興味深い。数百年の時を経て継承されてきた古流の現在を記録し後世に残すという意味で資料としての価値は高い。

騎射稽古矢

騎射稽古矢を一鞍作りました。

稽古矢
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11-18 六百年前の伝説上の人物の子孫との出会い

1.インターネット情報

 平成23年9月初め頃、射法.comにY.安松さん(弓道はやらない)という方からメールを頂き、「先祖の系譜を調べていたら、安松左近丞吉次という名前があるが、竹林流の先祖ではないか」と云う情報を頂き、本当に驚きました。

 これが事実ならば、約600年も前の伝説上の達人の家柄が連綿と続き、現代まで歴史が残っていることに驚くとともに、わざわざご連絡頂いたことは、まさに奇跡のようなことと思います。安松家が現存していることは、竹林流の関係者の誰も知らないことですが、まさにインターネットの威力によるものと云えましょう。
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小笠原流 流鏑馬

小笠原流 流鏑馬 | 小笠原流が各地の神社で奉仕する流鏑馬を網羅した写真集。各地それぞれの行事の特徴や装束が美しい写真で解説される。観覧者が通常見ることのない稽古の様子や小笠原流の歴史についても書かれており読み物としても興味深い。数百年の時を経て継承されてきた古流の現在を記録し後世に残すという意味で資料としての価値は高い。

小笠原流弓と礼のこころ

小笠原流弓と礼のこころ | 小笠原流宗家(弓馬術礼法小笠原教場三十一世小笠原清忠)著。一子相伝800年の小笠原流の歴史や稽古法などについては40年程前に先代宗家の著した書があるが、本書では加えて武家社会終焉以来の「家業を生業とせず」という家訓を守ること、そしてこの平成の世で礼法のみならず弓馬術の流儀を守ることへの矜恃が綴られる。

弓の道 正法流入門―武道としての弓道技術教本

弓の道 正法流入門―武道としての弓道技術教本 | のうあん先生こと正法流吉田能安先生の教えを門人達が記録した書籍。のうあん先生は古流出身ではないが、古流を深く研究した上で現代正面射法を極めた人といえる。射法についての解説はもちろんのこと、伝説の兜射貫きや裏芸といわれる管矢についての記述も読み応えがある。

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