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8-2 十文字離れと十字架離れ

射法の基本が三重十文字、五重十文字にあり、離れもまた十文字の大離れが良いことは異論が無いでしょう。しかし、十字架のような一直線の離れは良いとは云えません。
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8-3 離れの回転と指使い

日置流の浦上先生の本では、三つ懸けでは親指を一文字にして、肱を内側に絞込んだまま押手の角見を効かすことにより一文字に離れる、四つ懸けの場合には捻りを戻しながら離す、とありますが、自分の考えは少し違います。
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8-4 小指の効能

三、四段の審査の講評で「弓返りが三段の条件である」との話がでました。弓返りは角見の効いた結果であると思いますが、握りを強くすると弓返りは途中で止まります。三十三間堂の通し矢では時間が惜しいので、弓返りしないように行っていました。
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8-5 割れる離れと開く離れ

割れる離れと開く離れの話がありましたが、私は割れて開く離れが理想的な離れと思います。これは四部の離れと同じで両肩、両肱の離れであり、総部の離れとも云います。割れる離れは、引き分けで伸びて、会で肩甲骨が詰まってくる時胸筋に楔を打ち込んでぱっと石を割るように離れるのを云います。胸筋と肩の離れであり、小離れとなりやすく、どちらかといえば昔流の離れです。
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8-6 離れはコントロールすべきか否か

離れは離しではいけない、自然に離れるのを最良とするのは異論が無いでしょう。「離れは弓にも身にも知らせぬがよき」はこの極意です。
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8-7 鉄石相克して火いずること急なり

鉄石相克しての鉄石って何でしょう。これは石に鉄をぶつけた時火花が出るようにと説明され、それで問題はありません。しかし、なぜかこれは火打ち石で打つときの軽い火花のような気がします。このほうが軽くパチンといく気がします。
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8-8 矢は右に飛ぶようになっている

日本の弓道では矢はとかく右に飛ぶように出来ています。そして、手を打ち、髪を払うようにできています。丁度ゴルフを始めるとスライスボールで右に飛ぶのとよく似ています。ここらの理屈が判ってきて、体で実行できるようになれば一人前です。今日はこれと密接に関係していますが、離れによっても矢が右に出ることを書いてみましょう。
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9-1 抜く手を見せぬ離れ

軽い離れは、掛け金を弾くように、どこにも引っかかることなく、知恵の輪を外すようにスルッと離れるものと以前に書きました。また指はパーのように開かず、初めからグーのように握りこむ離れ口が理想と思います。
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9-2 軽妙な離れとは

「狙いは押手にあり、的中は離れにあり」
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9-3 続・軽妙な離れ

軽妙な離れとは。ただ優しくひいて、離すことではありません。強く引き分けてこそ軽く引っかからない離れのイメージがつかめます。ゴム弓を引いて離れを出すとき、いい感じであるのに弓と矢を持つと狂ってしまうことが多いです。これは、ぱっと離す意識が災いしているのでしょう、ゴム弓を離すときのように自然なリリースを行うべきでしょう。
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小笠原流 流鏑馬

小笠原流 流鏑馬 | 小笠原流が各地の神社で奉仕する流鏑馬を網羅した写真集。各地それぞれの行事の特徴や装束が美しい写真で解説される。観覧者が通常見ることのない稽古の様子や小笠原流の歴史についても書かれており読み物としても興味深い。数百年の時を経て継承されてきた古流の現在を記録し後世に残すという意味で資料としての価値は高い。

小笠原流弓と礼のこころ

小笠原流弓と礼のこころ | 小笠原流宗家(弓馬術礼法小笠原教場三十一世小笠原清忠)著。一子相伝800年の小笠原流の歴史や稽古法などについては40年程前に先代宗家の著した書があるが、本書では加えて武家社会終焉以来の「家業を生業とせず」という家訓を守ること、そしてこの平成の世で礼法のみならず弓馬術の流儀を守ることへの矜恃が綴られる。

弓の道 正法流入門―武道としての弓道技術教本

弓の道 正法流入門―武道としての弓道技術教本 | のうあん先生こと正法流吉田能安先生の教えを門人達が記録した書籍。のうあん先生は古流出身ではないが、古流を深く研究した上で現代正面射法を極めた人といえる。射法についての解説はもちろんのこと、伝説の兜射貫きや裏芸といわれる管矢についての記述も読み応えがある。

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