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手袋考

一昨年のことですが、フランス人の後輩が同門の行事で来日しました。その折に土産として騎射で使う手袋を縫ってプレゼントしました。

手袋2

彼は建築の勉強で日本に留学していたことがあって、私は彼が京都に住んでいた2006年末から2008年の春まで一緒に騎射の稽古をしました。

手袋

私は通常無地薄茶色の燻革を使いますが、ちょうど菖蒲革が手に入ったので文様入りの手袋にしました。日本土産としてエキゾチックな方がウケるのではという軽いノリでしたが、薄手で腰の弱い革だったこともあり針目が揃わず難儀しました。革が頼りないと針穴を切ってしまわないようついつい大きくすく いたくなります。加えて、老眼になり始めた目には文様でチカチカする革を縫うのは難行苦行です。このときは縫い上げるのに五日間ほどかかりました。

ちなみに、文様についてカケ師の小沼豊月氏は以下のように著述しています。

又今日では無地物が大多数を占めて、飾り等もなく実用本位に出来て居るものが多くなりましたが、二三十年前迄は、無地、無飾の弽はほとんど 無く、大概は勝虫とか小桜・紅葉等、弓に由緒のある模様を染め出したもので、その模様の一つでも切れたり、縫い目のかかつた處が無く、全部の模様が生きて 居る様に苦心したものです。一枚革の中に模様を染めて裁断したのでは必ず模様が切れたり縫がかかつたりするので、柳原細工などと言つて出来合物に限り使用 されました。上物は必ず弽師自身荒裁ちをして、後手に合わせて寸法を割り出し、其の上で模様の型を置いたものです。(弓道講座)


私が使用したのも染色済みの一枚革です。確かにこれで文様の継ぎ目を合わせるのは不可能です。素人仕事の限界ですね。小沼氏の文章は弓道講座第 一巻(昭和12年刊)に掲載されたものなので、明治後期から大正初期までは文様入り・飾り入りのユガケがほとんどだったということです。当時の職人の技にただただ驚くばかりです。

以上のようにユガケは芸術品ですが、一方で騎射の手袋のように消耗品でもあります。弓道場で社会人が日に百射引くことは少ないと思われますが、騎射稽古では一鞍24射で三鞍四鞍稽古することも珍しくありません。そのため道具の消耗は尋常ではありません。すぐに矢羽根は抜け落ち、筈が割れ、篦が折 れ、弓がへたり、そして手袋は擦り切れます。

騎射の手袋をカケ師に注文すると価格は十万円前後というのが最近の相場のようです。そして納期は二三年かかるとも言われます。消耗品がこれではちょっと辛いです。

これから騎射を志す若い人達のためにも、なんとか安価に短納期で出来ないものかと、弓具店やカケ師と相談しながら私もこれまで二つほど誂えてみましたが納得のいく結果にはなりませんでした。

そうであれば自作するより他ありません。実は騎射の門人なら手袋の自作は珍しいことではなく、手袋の型紙は兄弟子から写させて貰えます。

私は三重の先輩(鞍の記事で書いたお医者さん)から型紙の写しを頂いたのですが、その際に、型紙のまま縫っても使い物にはならないよ、縫いなが ら自分の手に合わせるんだよ、と教わりました。とにかく作ってみて型紙を修正し、また作っては修正を繰り返す。こうして自分専用の型紙を育てるのです。

私はこの菖蒲革の手袋で10作目(つまり型紙のバージョン10)ですが、すでに縫っている途中から次はここをこうしたいという問題点というか改善点が見えてきました。なかなか納得のいくものは出来ません。カイゼンに終わりはないのかもしれません。今は後輩達もそれぞれ工夫しながら自作するようになりました。皆一様に、処女作を仕上げたらすぐにもう一つ改良版を作りたくなる、と言います。

さて、フランス人の後輩は留学当時に私の手袋を貸したところ問題なく使えたようでしたので、私の型紙のままで大丈夫だろうと高をくくって縫ったのですが、プレゼントの手袋を挿してみたら彼には少し窮屈だったようです。それでも彼は手袋を気に入ってくれて、私の縫った手袋を携えて今春場所のために来日し、津和野と浅草の流鏑馬に出場したとのことでした。

今回は結果オーライでしたが、たとえ手形を取って合わせようとしても他人の手袋を縫うのは素人には難しいです。一流のカケ師は依頼主の手にピタリと合わせます。当たり前のようですが、それがどれほど凄いことなのか再認識しました。

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