home >  弓道四方山話 > 巻の九 「紫部の巻」

9-12 続・鸚鵡の離れ

竹林流の離れの奥義に、鸚鵡(おうむ)の離れ、四部(紫部:しべ)の離れ、雨露利(うろり)の離れがありいずれも離れの終局の極意であることは以前に書きました。

鸚鵡の離れという字は鳥編に王、鳥編に武と言う字が用いられていますが、普通こんな漢字はありません。王は国の中央に住んでおり、鸚鵡の離れも胸の中央から出るものから当て字が作られたものです。

また、鸚鵡という鳥はよく口真似をすることから、押手と勝手が瞬時に揃う釣合いの至極の離れを云うものです。

ここで、鸚鵡返しというのは、片方が先にあって他方が後から追従してゆくものであります。そこで離れと言うものを考えてみると、会において弦が懸けの弦枕からの分離によって生じることは明白であり、必ず馬手から生じるはずであります。鸚鵡の離れは懸けの離れとも云われるのはこのような意味からと思われます。しかし、「馬手の離れを押手が真似て離れる」と考えると、これは片釣り合いとなり、弓手が間に合わず、矢は前に飛んでしまいます。

「離れは弓にも身にも知らせぬぞ良き」という教歌があり、離れが馬手からとか押手からとかではなく、無意識のうちに思わず瞬間に揃って離れてしまうのを理想であります。

しかし現段階の自分では無意識に離れる懸けの離れの段階ではないので、むしろ離れを意識してコントロールし、「弓手の離れを勝手が瞬時に真似る離れ」と考える必要があると思います。つまり押手主導の離れの意識で行ってはじめて、ちょうど手拍子を打つように左右が瞬間的にそろう離れが実現できるのではないかと考えています。

だから鸚鵡の離れは押手から勝手に瞬時に伝わる左右同時の離れと考えています。

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