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3-15 頭もちは開き戸に似ている

頭もち(物見)は最も単純なことであるのに、なかなかきちっとできないものです。

物見がしっかりとした射は美しいですが、結構苦しいのですぐに緩んでしまいます。気持ちはいつもしっかりと向けようと思っていても、いつもの癖で首筋が的に突っ込み(掛かる物見)、照る物見となっています。

これはちょうど、我が家の建て付けの悪い開き戸に似ていると思いつきました。一杯に開いても165度しか開かず、ストッパーがなく開ききっても少し緩んでしまいます。おまけにドアの重みで少し下がり気味になっています。開いたまま押せば、蝶番が少し変形して少し余計に開きます、無理をすればドアが壊れそうです。

人間の頚椎は多関節であるので、ドアのように単純ではなく、X、Y、Zの三軸回りに回転します。Z軸回りの回転が左右の面向けであり、X軸回りの回転は照る面、伏す面であり、Y軸回りの回転が掛かる面、退く面です。

首筋を真っ直ぐにして的を向くとき、計測したことはありませんが、多分165度〜170度くらい向くのが標準と思います。骨格に個人差があるように、また訓練によっても若干の差があるでしょうが、弓道教本の図解や名人の写真をみても、180度まで向くことはないでしょう。

昔の伝書では「的の方から呼ばれたとき、ハイといって振り向くくらい」とあり、その場合は楽に向けられる程度と思われます。堂射のように多数の矢数を掛けるとき、物見を深く向けると苦しくなるためでしょう。

180度向くことができれば鼻頭が正面となり両目は真中に来ますが、的を見る時の目使いは「左眼の目じり右眼の目頭で見る」というのは、物見が170度位になっていることと一致しています。

しかし、現代の弓道では縦横十文字の規矩を実践することから、もっとしっかりと向けることが求められているようです。縦軸が狂わない範囲内で一杯に開ききるところまで向けるのが良いでしょう。

無理に物見をすると、両肩の線が狂って背負い肩になる恐れがあり、逆に面向けが甘い人は押手の肩が突っ張って、右に開くために浅くなっている場合があります。

したがって、だめなドアは蝶番を丈夫にして、真っ直ぐに調節して、ストッパーを取り付け、一杯に開ききったところでピタッと止まり、緩まないようにする必要があります。

自分の物見も首筋を真っ直ぐにして、ただ単に「左向け左」で向くところまで開ききることと、ストッパーに軽く固定するように緩むことなく、無理の無い開きで単純化を図りたいと思います。

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