home >  弓道四方山話 > 巻の拾壱 「流水の巻」

11-10 続・三十三間堂の通し矢

四巻の書 七道 離の事 別の離れにおいて、星野勘左衛門は堂射について、以下のような注釈をしています。
京都大仏の別堂、世に三十三間堂と呼ばれる観音堂あり。堂の長さ64間1尺8寸6分(115.8m)、縁の幅7尺3寸(2.2m)、闇の高さ1丈7尺5寸5分、一の垂木の高さ1丈6尺5寸、二の垂木の高さ1丈5尺9寸、舛形の高さ1丈4尺7寸8分(4.48m) 〜中略〜 射前は南のこぐちより7尺9寸(2.4m)なり。この堂を射通すにはこの間数(118.2m)と高さ(4.4m)を考えるべし。その矢が縁板に懸からずに直に射通さんと射れば、矢のり高ければ軒につかえ、低く射れば縁板に落ちて矢通らず。これを射るには矢のり矢勢の強い、別の離れでなくては叶わぬことである。別の離れを熟得して射れば、心のままに通るなり。以下略

堂射では高さを低くするため、縁側に両膝をつき、風呂椅子のようなものに腰懸けて射るので、矢の高さは0.8m程度となり、軒下とはさらに3尺(0.9m)程度の余裕を見込まないと通せないので、結局120mの距離を高さ2.7m以下のライズで射ることになります。

20キロの弓で60mの遠的を行うときのライズは「2-17 続・高さの狙い」での計算から1.4mでありましたので、120mではその4倍の5.6mとなり、矢は通りません。ここで、120mの距離を高さ2.7mのライズで通すために必要な弓の強度を逆算してみると、高さのライズと弓の強度は逆比例するので、弓の強度は少なくとも、20×5.6/2.7=41キロの強弓となります。

さて、通し矢で使用したと思われる強弓の太さについて想定してみましょう。「弓の薀蓄」において、弓の強度は手幅に比例し、厚さの3乗に比例することを書きました。私の弓は手幅が28mm、厚さは握りの上で18mm(6分)であり、85cmの矢束でちょうど20キロ程度です。これを基準にして、手幅は変わらないものとして、通し矢の強弓の厚さを想定すると、弓の強度比の3乗根を懸けて求められます。(3√(41/20))×18=1.26×18=22.7mm(7分5厘)となります。

厚さ23mm(7分5厘)の弓といっても、若い人にはピンとこないでしょうが、実際にこれを手にすると、結構分厚くて天秤棒のような感じになるでしょう。通し矢では、これを24時間(星野勘左衛門は18時間)かけて1万本も引いたのですから、まさに怪物のなせる業でしょう。

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