home >  弓道四方山話 > 巻の五 「母の巻」

5-11 自然な取り懸け

竹林では懸けのことも会と呼び、繋ぐ(つなぐ)、懸(かける)と言う字を用いて、かけと言い、八節の会と2つの意味を持たせています。結んだ懸けが必ず離れることから会者定離に喩えて云うのも同じです。

伝書では「一に一文字、恵休善力」の口伝があります。一文字というのは親指を曲げないで反らすようにして、なるべく矢に平行にして水平に懸けます。この時弦に対しては直角になるので、十文字と云い、五重十文字の二つ目の十文字です。また人差し指(恵指)は休ませ、中指(善指)は力を入れよと教えています。

私は取り懸けはすっと自然な感じで弦を結ぶのが良いと思います。弦をからませて真っ直ぐに親指と中指を合わせ円相の構えで肘を軽く張るだけです。

しっかりと握ろうとして、矢筈を懸けの奥まで突っ込み、親指に2本の指を深くのせて握りこんで手首で捻りこむのはよくないと思います。

取り懸けの方法には、直に矢筈を握る直懸けと、矢筈の下10cm位のところで軽く弦を絡ませてからすりあげて結ぶ受け懸けの二つの方法があります。

連盟の指導では余分の動作は省くようにとの考えから、直懸けを推奨しているとのことですが、竹林では矢筈が、親指、人差し指となるべく平行を保った位置で絡める感じを掴むため、受け懸けで行うように伝書にも書かれています。ここは余分な動作ではなく、取り懸けを行うための微妙な感じを出しやすい自然な動作であると考えているためです。

しかし、いずれの取り懸けの方法であろうと、深く握り人差し指を親指の上に深く懸けると、親指、および人差し指が下を向き、一文字ではなくなってしまいます。付け根の捻り革のところが矢筈に接する長さが短くなり斜めになります。またこのような取り懸けをするときは、手首で捻りこんでしまうので、親指がまがり、外側に向き、捻り革にあたる感じが希薄になってしまいます。

このような取り懸けは、大三あたりで筈こぼれ、矢口が開いてしまう原因となります。

自分が思う取り懸けの形は、会のときの肘と手首の角度をイメージして、そのまま取りかけの位置に移動させること、勝手は離れの瞬間をイメージして親指とてのひらをコの字、あるいはUの字のように矢に平行水平に差し込んで、矢筈が水平に見えるところで中指(四つガケでは薬指)の腹で親指の頭をフック状にして結びます。矢をやや浅めにして人差し指と平行にします。捻り込むのではなく肘から円相の構えで軽く絞るのがよいと思っています。

そしてこのときの矢と指と手首と肘の感じを打ち起し、大三、会まで変化させないようにすることが肝心です。そうすれば、最初に会の形で取り懸けする意味が判り、単純で、いつも同じ弦道を作る準備ができます。

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