home >  弓道四方山話 > 巻の四 「父の巻」

4-13 続・押手の力学的作用

以前にも書きましたが、押手の作用について続編を書いてみたいと思います。前にも書きましたように矢筋方向をX軸とし、体の脇正面の水平方向をY軸、首筋を通る上向きをZ軸と定義し、射形を分析してみよう。図が有ると判りやすいですが、弓道教本の弓道八節の図解を参考に分析します。

会を脇正面から見る時(X−Z平面)、矢筋のラインは両肩の水平線から約13cm位上方で平行線になっており、真上から見る時(X−Y平面)、矢筋は頬付けにあるので、これも両肩の中心線から、約13cm程度水平方向に離れ、結局45度方向の平行線になります。

即ち、押手の拳は肩の付け根のX軸線上から、それぞれ13cmだけ45度方向上方、前方にあるので、押手の腕は矢筋(水平線)に対して、約10度程度上方、前方を向く角度を有していることになります。したがって、押手の腕は両肩の線と真っ直ぐではなくて、左肩の付け根で折れ角を有しています。

20キロの弓を引く人の、押手の腕と拳に作用する力を分析すると、左肩の付け根と弓を握る拳(手の内)においてX,Y,Zの三方向の力と三方向に回転するモーメントとなります。

肩の付け根で考える時、X方向の力は弓と同じ20キロですが、腕に働く力は、角度のセカントシータ分により若干増加します。ここで腕の長さを約45cmとすると、Y方向分力(水平後ろ方向)は20キロのサインシータ分、即ち20×13/45となります。また、Z方向分力(下向き)は肩の付け根の折れ角によって、これも20×13/45と同じ値になります。

また、肩の付け根の水平方向、鉛直方向の回転モーメントもこの偏芯13cmにより発生します。もう一つの捻りモーメントは妻手の捻りと釣り合う押手の捻り(半捻半搦)です。

ここまで来てやっと押手手の内の話となります。押手手の内の力も、3方向の力と3つの回転モーメントがあり、X,Y,Z方向の力は肩の付け根の力と同じですが、手の内の回転する力は握っている所からの偏芯となります。

即ちZ軸回りの回転モーメントは角見の働きと言い、弓を捻る力で、弓の幅の中心と押手の親指(矢筋)との偏芯(約2cm)によるモーメントです。

また、Y軸(水平軸)回りの回転モーメントは上押しによる回転モーメントです。

押手は中押しがいいと言われますが、和弓では上が長く下が短いので、会で上側が大きくたわんで、握りの位置で約10度程前傾回転が生じるため、上押しが必要になります。これは古書では握りの10cm位上(弓の剛弱所)を押しなさいと教えています。また矢を右側につがえますので、矢に偏芯モーメントが作用します。

洋弓のように上下が対象で、弓をえぐって矢が中心を通るようになっていれば、回転モーメントは生じないので、握りは虎口の線だけで受けて握らず、上押しも、角見も効かしてはいけないのです。

しかし、和弓ではこの2方向に偏芯した捻りが必要になります。このように適切な上押しと角見が中押しであり、過ぎるものが上下左右に弱る押手なのです。

上押しは親指の虎口の押しと3本の爪揃いの中心(薬指)との偏芯によって加えることになりますが、押手の形ガ常に弓に直角であれば弓がたわんで回転すると自然に上押しになるのが基本(骨法陸の手の内)です。

ここで、角見と上押しの2つの捻りモーメントは弓の力と程よい調和が必須であり、足りなくても、多すぎても、離れが狂い、矢が前後上下します。伝書ではここのところの微妙な働きを剛弱所と言って、弓手手首の脈所の効かせかたで説明しています。

即ち水平の捻り(角見)が強すぎると手先でこねる離れとなり、後ろ方向に開く力が強すぎると振込み離れとなります。また手首の親指を入れて偏芯量を小さくすると、それ以上ひねることが出来ないので角見が働かないで止まったままの離れとなります。

同じように、上押し、下押しも同様に弱すぎても、強すぎても正しくありません。離れで弓の下側が的の方に出て弓が後ろに倒れたり、逆に上側が的方向に出て前に倒れたりします。またこのとき離れで押手が上がったり、下がったりとなります。

これらは五つ手の内(吾加の手の内ではなく)と呼ばれ、上下左右と中央の五つの品として以前に書きました。もちろん四つは悪癖であり、中押しが良い手の内であることは言うまでもありませんが、この中押しは先に述べたように程よい角見と上押しが効いたものを中押しと呼んでいるのです。

ここで、角見の捻りモーメントを維持しているのは、弓を握る摩擦力であり、押手がつるつるしていたり、汗などでぬるぬるしていると滑ってしまいますので、筆粉などを利用するのも良いでしょう。

何れにしても、押手は手首を回して(脈所を入れすぎるとき)腕の力の中心を親指の線に近づけるとき、これは離れで捻る余裕がなくなり、効かなくなります。 しかし、手首を控えすぎると押せなくなりますので、ひとさし指をなるべく開き気味にして、やや、控え気味で我慢できるところが、丁度良いと思います。

したがって押手の軸力は虎口(人差し指と親指の股)の中心に作用させたままで、親指と3本の指を効かして弓の右角を押す、角見の働きが肝心であり、押手を入れて(回転させて)押手の軸力を親指の線に近づけすぎると角見が効かなくなります。

結局、弓から受けるX軸方向の力の分力として、あるいはその偏芯モーメントとして程よく釣り合う微妙な所を見出すことが肝心であり、剛弱所(手首の脈所)を何処まで入れるかでそれを感じ取ることがポイントです。

そして押手を矢筋方向に押し出せば、親指が接線方向に延びる伸びのある離れとなるでしょう。

要するに、止まった押手でなく、横に振る振込みでなく、手首でこねるのでなく、突き上げでなく、切り下げではなく、あくまでも矢筋の接線方向に伸びて4寸(13cm)開く離れが理想です。

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