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1-29 射法訓全文の解説

1.弓道教本の射法訓について


「射法訓」は射法の基本理念といえますが、若い人が背景や内容を理解せずにお経のように唱和しているのではないかと思い、僭越ではありますが勇気を奮って、解説に挑戦します。
「射法訓」
 射法は弓を射ずして骨を射ること最も肝要なり。心を総体の中央に置き、而して弓手三分の二弦を推し、妻手三分の一弓を引き、而して心を納む是れ和合なり。
 然る後胸の中筋に従い、宜しく左右に分かるる如くこれを離つべし。書に曰く鉄石相剋して火の出ること急なり。即ち金体白色西半月の位なり。
弓道は戦後GHQによって禁止されましたが、1949年(昭和24年)に日本弓道連盟(宇野要三郎会長)が発足し、1953年に弓道教本第一巻が発行されました。

「射法訓」は初代会長の宇野先生が紀州竹林流の相伝者であったことから、日本弓道の射法・射技の理念を明確にする目的で、「礼記射義」とともに巻頭文として採用されたものと考えられます。その内容は、教本第一巻53〜55頁に「吉見順正の遺訓」として、吉見順正の経歴と共に詳細に解説されていますので、お読み頂くことで省略します。

ただし、礼記射義も射法訓も教本に掲載するにあたって、巻頭文であるので簡潔に覚え易くする必要から、長い文章から切り取って編集されたようです。しかし、先生は射法訓の原文については何も述べていないため、その出典は不明となっています。

2.弓道教本の射法訓には前文があるらしい


1)「弓道への誘い」の記事をみて


私は1997年(平成9年)ころからインターネットに「弓道四方山話」を書いているうち、奈良県の松岡先生のサイト「弓道への誘い:日本弓道の精神」(現在終了)に、弓道教本の「射法訓」の前文を発見したという記事を見つけました。メールでお話を聞いたところ、滋賀県の神社で見つけた時は戦慄が走る思いで、カメラのシャッターを切ったと云っていましたが、どこの神社か、原典の文書をご存知かを聞かずじまいでした。

同じころ名古屋の梶田先生、故松井巌先生が「射法訓の全文を探しています」というサイトを見つけ、そこには斎田先生から同じ文書がありましたが、原典は不明でした。

また、千葉の故松枝先生もその著「弓道三昧」に射法訓の全文を紹介していますが、出典は不明です。さらに最近ネットには「射法訓の全文」が多数出ていますが、その多くは私の「弓道四方山話」からの引用で拡散したものと思われます。

2)前文にからむ言葉を弓道教本に見つけた


射法訓の全文については次項に記しますが、この前文に関連する言葉が弓道教本の中にあれば、前文は実在しているはずと考えて調べた結果、以下の文章をみつけました。
・第一巻には、本文の解説はあるが、前文については触れていない。
・第二巻には、18頁に「金体白色西半月」は竹林派の五輪砕きからの説明とある。
・第三巻には、鈴木伊兵衛先生が6頁に、「弓矢は押し引き自由の活力を有し」、「僅かな心の動揺も、正鵠を失い易い」とあり、7頁には「弓射は無心の弓矢を使用して、不動の的を射抜く」、「唯これを己に求むる」とあり、前文の言葉を引用している。
・第四巻では、福原郁郎先生が103頁に、「不動の的に対して、−−その動作は極めて単純であり、−−容易で簡単そうであるが、−−複雑難解な運動である」、これも前文を暗示する文章である。

以上の点から、前文は実在していて先生方は御存じであったものの、現在ではその出典が不明となっていると云えます。

3.「射法訓」全文の我流解説


射法訓の前文は、弓道修練の簡単そうで、奥深く、捉えにくい、三位一体にして無心無限の心をこめて、本文に繋げています。
「射法訓」(全文)
<前文> そもそも、弓道の修練は、動揺(どうよう)常なき心身を以て、押し引き自在の活力を有する弓箭(きゅうせん)を使用し、静止不動の的を射貫くにあり。
 その行事たるや、そと頗る(すこぶる)簡易なるが如きも、其の包蔵するところ、心行相(しんぎょうそう)の三界(さんがい)に亘り(わたり)、相関連して機微(きび)の間に、千種(せんしゅ)万態(ばんたい)の変化(へんげ)を生じ、容易に正鵠(せいこく)を補足するを得ず。朝に獲て、夕べに失う。
 之を的に求むれば、的は不動にして不惑なり。之を弓箭に求むれば、弓箭は無心にして無邪なり。唯々、之を己に省みて、心を正し、身を正しゅうして、一念生気を養い、正技を練り、至誠(しせい)をつくして修行に邁進(まいしん)する一途(いちず)あるのみ。
<本文> 正技(教本では射法)とは、弓を射ずして、骨を射ること最も肝要なり。
 心を総体の中央に置き、而して弓手三分の二弦を推し、妻手三分に一弓を引き、而して心を納む、これ和合なり。然る後、胸の中筋に従い、宜しく左右に分かるる如くこれを離つべし。書に曰く、鉄石相剋(てっせきあいこく)して、火の出ずる事急なり、即ち、金体白色、西半月の位なり。
註)原文には<前文><本文>の記述はありません。

味わい深い文章ですが、我流の解説を試みます。

「<前文> そもそも、弓道の修練は、動揺しやすく安定しない心と身体によって、押すも引くもそのままに固有の反発力を持つ弓矢を使用し、静止・不動の的を射中て貫通することにある。
 その行いは一見すこぶる簡単そうに見えるが、そこに含まれる世界には、心技体の三つの要素において、それぞれの微妙な変化がお互いに関連しあって、千種類にも一万通りにも変化を生じ、容易には正鵠(目標)を掴み、会得することができない。ある朝に把握できたと思っても、その夕には見失ってしまうものだ。
 これを的のせいにしても、的は不動で迷いもない。これを弓矢のせいにしても、弓矢は無心で欲もごまかしもない。これは唯単に自分のせいであるので、己を振り返って、動揺しやすい心を正し、身体を正しくして、一念生気を養い、正しい技(射法)を鍛錬し、誠を尽くして、ひたすら修行に一途に励むことしかないのである。
<本文> 正しい技(射法)は弓を引くぞという意識で行うと、かえって体が歪んで正しい射ができなくなるので、自己の筋骨を使って骨格に嵌めるように行うことが最も肝要である。
 心を総体の中央である丹田に納め心気の安定を図る。そうして、弓手は矢束の三分の二(大目)の分だけ弦に押されるのを感じながら推し、妻手は矢束の三分の一の分だけ弓に引かれるのを感じながら引き、構えることが大事である。これを「押し大目、引け三分一」と云う言葉から大三と云う。しかし、弓手と妻手はそれぞれ別々の力に偏るのではなく、弱い左手を大目にして、妻手を優しくしてこそ、均等になるよと言うためである。
 そうして、左右を均等に引き分け、心を納めるのが父母の釣り合いであり、すなわち会の和合(詰め合い)である。
 この後に、胸の中筋から左右均等に延び合って、分かれるように離れを出しなさい。
 古の弓術書(書に曰くは竹林流の四巻の書を云う)に石火の離れという教えがあり、大石に鉄の楔を打ち込むとき、一閃して電光石火のごとく割れるように離れる。
 この後、弓はたちまち半月となり、黄昏の夕日にたつ姿は悠然とした残身であり、修行を重ねてここまで至れば、五輪砕きの最後の段階(金体白色西半月)であり、紅葉重ねて達する至極の位(射格)である。」

4.五輪砕き(五行陰陽道)について


1)金体白色西半月の位


射法訓の最後に「金体白色西半月の位」という難解な言葉がありますが、竹林流の「四巻の書」に「五輪砕き」として仏教哲学の「五行陰陽道」に関連して、これに弓道の修行の段階(位)、および射法五味に当てはめて解説しています。

2)五行陰陽道の考え


五行陰陽道はインドの仏教思想と古代中国の天文暦が融合して、平安時代の安倍清明の占星術、あるいはフィギュアスケートの羽生結弦選手が呪文を唱えるアレです。

・陰陽道では天地、日月、生死の二極について、弓の本末、父母、押手勝手の剛弱、烏兎に喩え、その和合、釣合が重要であることを教え、精神は大日如来のように、ゆったりと円やかに自信に満ちた射を目指す。

・五行道では、天体、自然界、人間の所作まで含む全ての森羅万象にたいして、その成り立ちと生死の輪廻について、仏教的原理を教え悟るものである。これは、天文の五惑星(土、水、木、火、金星)、物質の五体(土、水、木、火、金)、五方位は中を加え(中、北、東、南、西)、五原色(黄、黒、青、赤、白)、五形は五輪の塔の形(四角、円、団、三角、半月)に分解して相克と輪廻転生を説明している。

・五輪砕きはこれらを組み合わせて、土体黄色中四角、水体黒色北円形、木体青色東団形、火体赤色南三角、金体白色西半月、の五段階となる。

3)弓道の修行の段階(位)


竹林流の修行の段階(位)は、受、知、修学、自師、賢覚の五段階があり、四巻の書に内伝の「灌頂の巻」を加えた「五巻の書」の印可によって授かります。

・「受」は入門して第一巻を頂く初心者であり、指導を無批判で受ける段階、初段程度。

・「知」は第二巻を頂き、教えを聞いて覚え知る段階、三段程度。

・「修学」は第三巻を頂き、弓道書などを勉強して修行する段階、五段程度。

・「自師」は第四巻を頂き、自ら師となって教える、称号者に相当。

・「賢覚」は五巻全てを頂いた免許皆伝の流派の後継者であり、範士に相当。

したがって、「金体白色西半月」の位とは、この最高位の「賢覚」の段階を云います。

4)射法八節、射法五身(味)、輪廻転生、中国射五法の対応


ここで、現代の射法八節、射法五身、仏教の輪廻転生、中国射法の五法を並べて対応させると以下のようになります。

射法八節射法五身仏教輪廻中国射法(五法)
足踏、胴造、弓構目当て過去身審法(審はねらいを云う)
打ち起し、引分け引き取り 彀法(やごろと云う)
現在身均法(均等に和合する)
離れ離れ 軽法(軽妙に離れる)
残心(身)見込み未来身注法(省みて再び生れる)


5)五輪砕きと射法五身(味)


・「土体黄色中四角」は目当て(足踏み・胴造り・弓構え)であり、大地に根を張り、重心を中央に置き、胴造りは四角く歪みがないように基礎を造る。

・「水体黒色北円形」は引取りを意味する。水は方円の器(四角も丸形も)でも隅々まで行き渡るように、全身の力を均等にして弓の中に円やかに納めること。

・「木体青色東団形」は会を意味する。木々が青々と茂って勢い盛んになり、一杯に膨らんだ様子を言う。弓は満月(団形)になり左右に伸び合った形である。

・「火体赤色南三角」は離れを意味する。鉄石相克して火出ること急なりの離れであり、石火の離れとも云う。

・「金体白色西半月」は残身(見込み)を意味する。離れた瞬間に弓は半月となり、凛として微動だにしない姿は紅葉重ねて至る達人の域であり、至極の品格とも云える。これは仏教の輪廻転生では未来身であるので、己を省みて再び生まれ変わる。

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