home >  弓道四方山話 > 巻の九 「紫部の巻」

9-14 伸びが射に与えるもの

射においては「伸び」が肝心要です。しなやかに伸びのある射は左右が釣り合って、伸びの方向(矢筋)に鋭い離れを生み、矢勢も良く、的中も確実となります。逆に伸びが止まると、緩みとなり、バランスを失って、離れも乱れ、矢色が付き(尻尾を振る)、的中も悪くなります。これは事実ですが、なぜそうなるのか検討してみましょう。

1.伸びに関連する事項の頭出し


・自分の体をどう操るか
・骨法、骨相筋道のこと
・人の体のしくみは建設機械に似ている
・伸びは力の増大曲線
・力を抜いてはいけない、力みを抜くこと
・会者定離とは因果応酬である
・心(気発)の伸びが大事
・心の騒静は七情を去って寝々子法師に至れ

2.自分の体の扱い、骨法


1)自分の体を操る
自分の体を操ることは、難しいことではないはずですが、こうしようと考えていたのに、射の運行に従って全く忘れて元の木阿弥になってしまいます。そんな意味から「無になってはいけない」と思います。

2)射技の基本
縦横十文字も三重十文字も五重十文字も判っているのに、弓の力が掛かってくるとき、押されて後ろに退き、また負けまいと頑張るとき、前に掛かり狂います。また体は捻じれ、小さく縮み、十文字が歪みます。

こんな時は、足踏みを確りと開くのではなく、むしろ足踏みを閉じてかかしのようになれば、左右のバランスを中央に止めることができるので、これも練習方法のひとつです。

3)骨法・骨相筋道について
骨法については、以前に「骨法・骨相筋道とは」と題して色々書きましたので、ここでは略します。

これは他人の目で見るように、縦軸と横軸の鉛直・水平を保って、常に力を水平に十分作用させることが肝心です。特に、弓手手の内と弓手肩と馬手肩と馬手肘、馬手手の内を嵌め合わせることが必要であり、これにより関節の骨と骨が伸びて、そのまま矢筋方向に鋭く別れる離れが出るものです。

3.体の仕組みは建設機械と似ている


1)射法は回転の力
弓を引く動作において、「手首の力を抜いて、腕の力、肘の力、肩の力で引きなさい」と骨に働く力をイメージすることが多いです。しかし、これらは骨に働く力ではなく、手首を曲げる、腕を起こす、肘を開く、肩を回転させることであり、腱と筋肉の働きによって、骨を動かすものです。

2)肘の力ではなく、筋肉の力で動く
だから、肘の力で引くのではなく、後背筋によって肩を開き、上腕三頭筋によって上腕を開き、多数の筋肉群を働かして、矢筋に両肩の軸を近づけるように引き延ばすことです。

3)体は建設機械に似ている
これは建設機械の動かす仕組みを考えると解りやすいです。パワーシャベルのような油圧重機ではシャベルが手首であり、二段のブームは前腕・上腕であり、ブームから偏芯して取り付けられた油圧ジャッキが伸び縮みするとき、ブームは回転して開きます。離れにおいて、右腕が開いて矢筋方向に一直線に伸びてゆくのも、油圧シャベルで一直線に動かす動作を考えると解りやすいです。

また、昔の「弓術書」や「弓道読本」、「詳説弓道」など著名な弓道書籍には、骨格や筋肉の働きについて詳しく説明しているのはこのような考えからと思います。

4.伸びは力の増大曲線


1)押し引き一如
当たり前のことですが、弓と弦の関係は常に「押し引き一如」で釣り合っているので、引き分けて会に至るときも、体を保持できれば、必ず釣り合うはずです。

また、これも当たり前ですが、弓はバネ(弾性材)であるので、押し引きの力を抜けば(緩めば)縮み、力を入れれば(増加すれば)伸びますが、縦横十文字で中心が傾かなければこれも釣り合っているはずです。

2)射法訓の大三
射法訓では、弓手を三分の二、馬手を三分の一と書いているので、弓手を強く押そうとする人が多いですが、それは誤解であると思います。

大三へ移行する時、左に送るため、弓手は矢束の三分の二だけ押し開き、馬手を矢束の三分の一だけ引き開いて、中力を取るところが大三の構えです。

ここで、矢束90僂乃歿弔15僂覆蕕弌大三での引き尺は 60-30+15=45僂箸覆蝓¬霏の丁度半分となります。このときも、力の釣り合いは「作用・反作用の法則」により等しくなります。

3)離れの釣り合い
「離れ」においては、押し引きして釣り合っていた力が一瞬のうちに反力を失うので、縦横十文字狂っていると、バランスを失って乱れ易いのです。

射法・射技の基本体型で云う、「縦横十文字」、「五重十文字」が整って、「息合」、「心気の働き」が安定して、「左右に伸びる」とき、あたかも「張り詰めた糸が切れる」ように、あるいは「葉先に溜った露の球が膨らんでポトリと落ちる」ように、左右一直線に割れて開き、自然で軽妙な離れが出ます。こうなりたいと思います。

4)伸びは増大曲線
伸びはぐいぐいと矢束を引くことではなく、ほんの僅かな動きで手の内、肘、肩関節の詰まりを伸ばすとき、その位置のまま接線方向に離れます。このことから「離れには力の増大曲線が絶対条件」であります。

逆に、会で収めて「緩んだ状態」になると、左右に張っていた糸は緩み、切れずに波打った放しとなり、露の球は乾いて萎み、離れは出なくなり、乱れます。

「緩み離れ」、「前離れ」、「送り離れ」となるとき、両腕も乱れ、弦は波打って弓にあたるのでバシャっと割れた音がして、弦は切れやすく、矢は尻尾を振って勢いを失い、弓も暴れて酷いときは折れることもあります。

5)力は抜くな、力みを抜け
射では「力を抜いたり、緩めたりしては駄目です」、力ではなく「力み」を抜いて、しなやかに働かすのです。

5.引き分けから離れ


1)無限の引き分け
「離れには力の増大曲線が絶対条件」と云いましたが、弓道教本には「会は無限の引き分けである」と書いています。これらは共に、離れに至るまで常に伸びが必要であると考えるからです。

張り詰めた糸を引っ張ってプツンと切れる時、両手先はその糸の延長線上(矢筋方向に)に一直線に開き、ぶれることなく的中も向上すると思います。「狙いは弓手にあり、的中は離れにあり」というのも同じです。

2)適正な矢束と伸び合い
絶えず伸び合って大きく引き分けても、自己の適正な矢束を越えると緩んでしまうし、矢束は適正まで達したからと会に収めて、軽い離れを出そうとすると、緩みに繋がりやすいです。

3)引き分けの速度
引き分けの速度は、勢いを付けて引いたり、急に止めてはいけません。新幹線はゆっくりと発車し、徐々に速度を上げ、止まるときもゆっくりと停車します。こうすると伸びを止めないで会に至りやすいと思います。

4)反橋(アーチ)の形
引き分けの形は、アーチ形(反橋の形)が基本ですが、これは大三の馬手の位置と会での馬手の位置とを結ぶ斜めの直線に放物線とを重ね合わせた曲線と云えます。このアーチ形の始点は弓手、馬手の拳がともに水平方向に開き、途中は中高に開き、会に至る終点も弓手、馬手拳がともに水平方向に働きます。これは弓手の親指、馬手の親指が共に水平方向を向いて伸びている必要があります。

馬手が弱く張りの小さい射手は丸く中高に引き分けるのが良く、逆に馬手が強く手繰り気味な射手はアーチを扁平に直線的に引き分けるのが良いです。「打ち渡す 烏兎の懸け橋 直ぐなれど 引き渡すには 反橋ぞよき」という弓道教歌があります。

6.詰め合いについて


1)会の絶対条件
弓道教本には「会は無限の引き分けである」と云い、また「会を構成する根本条件は縦横十文字、五重十文字であり、天地左右に伸び合うためには要所要所の詰め合いが十分でなければならない。したがって『詰め合い』と『伸び合い』が良射を生む絶対的条件である」と述べています。

2)詰め合い
詰め合いについては、縦横十文字、三重十文字、五重十文字の張り合いについて述べ、五部の詰め、四部の離れを紹介(説明なし)しています。

3)伸び合い
「伸び合いのない射は結局手先で離すことになる。伸び合いは矢束を引き延ばすことではなく、気力の充実である」、「縦横十文字を軸として、心を安定させ、気合の発動を促す」、「気は技に優先する」、「心理的には不動心の連続であり、執着心や雑念を去り、克己、冷静、忍耐、迷いを払拭」とありますが、これらは堂々巡りのようで少し判り難いとも思います。

4)詰め合いと伸び合いの順序
要約すれば、「縦横十文字の規矩に従って、引き分けて会に入り、詰め合いの後に、伸び合いを行い、気合の発動によって自然な離れが来る」となります。

しかし「会は無限の引き分けである」ことを優先して、伸びを断続することなく続けて、詰めと伸びとを同時に行いながら離れに繋げる、と考えることもできます。この考えでは「伸び合い」は継続したまま、適正な矢束まで引き分けて収め、左右が和合するときが「会」です。

5)会の条件
会に至る条件を詰め合いと考えることもできる。すなわち、左右の肩根が揃い、肘尻が収まり、胸弦が付き、弓手、馬手の手の内が定まり、頬付け、狙いが付き、気力が充実し、これらを確認することが「詰め合い」であり、伸びと詰めとは同時に行うことができます。

7.詰めの「くさび」


1)詰めること
「詰める」とは隙間に物を詰めて固定することであす。弓道では引き分けて会に至るも、動きがあるままの状態では正確ではないので、確りと固定する必要があり、これを「詰め合い」とよんでいます。しかし詰めて体が固まってしまうと離れが出なくなるので、良い離れを出すために「伸び合い」が必要となります。

2)詰めの「くさび」の三種類
昔の弓術書には詰めのくさびに「楔」「割り楔」「轄」の三種類があり、意味合いが異なるので少し解説します。

「楔」は建築物や鳥居などにおいて、隙間に詰めて固定する木製の三角片であり、非常に良く締まるので、会の詰め合いに例えています。

「割り楔」は鉄製の三角片であり、大石の小さな割れ目に打ち込むとき、一瞬のうちに火花が飛んで大石が割れるので、「五部の詰め」で締まった胸の中筋に打ち込んで一瞬のうちに「四部の離れ」が割れて開くイメージです。

「轄」は大八車のような車輪の外れ止めとして、軸受けの穴に挿し込む鉄製のくさびであり、回転を妨げないで外れ止めを確実にするので、手の内・肩・肘の関節に用いるイメージです。

「軽妙な離れ」には「詰めの楔」で固めるよりも、「車止めの轄」の方が、力みなく伸び合って軽く開くので、イメージがしっくりします。

8.五部の詰めと五緩


1)五部の詰め
「五部の詰め」とは、弓手拳、馬手拳、弓手肩、馬手肩、胸の中筋の五か所について、五重十文字の規矩に従って、緩みなく張り合うことであり、単に「詰め合い」、あるいは骨法(骨相筋道)とも云います。射法訓において「胸の中筋に従い、宜しく左右に分かるる如く、これを離つべし」とあるように、胸の中筋(大石)に鉄楔(割り楔)を打ち込むように、一瞬火花が散って胸から割れて、弓手拳、弓手肩、馬手肩、馬手拳の四か所が同時に別れて「四部(しべ)の離れ」、あるいは「紫部の離れ」と云う至極の離れが出ます。

2)五緩
「五部の詰め」の逆に緩みが生じるものを「五緩」と云います。すなわち弓手、弓手肩、胸、馬手肩、馬手の五か所の緩みであり、容易ではない悪癖であるが、それぞれを伸ばすことによって治すことができます。

3)剛無理、一騎当千、大将とは
昔の弓術書に「剛無理 一騎当千 大将」という言葉があります。

剛は弓手のことと強いことの二重の意味であり、無理はわけもなく(理屈抜きに)の意味です。すなわち、「弓手は理屈抜きで強くあれ」と云います。

「馬手は一騎当千(一人で千人に匹敵する)のように強く」と云います。「胸は左右に何処までも強い弓手と一騎当千の豪傑を従えた大将の如く、どっしりと動かず、一閃の指令で左右同時の離れが出る」と解釈できます。

9.離れについて


1)至極の離れ
竹林流の弓術書には、離れについて「四部の離れ」「鸚鵡の離れ」「雨露利の離れ」の三つが至極の離れとして解説されています。

2)四つの離れ
離れの形態としては「切る」「払う」「別れる」「契る」の四つの離れがあり、それぞれ、「堅物(兜)抜き」「繰り矢(距離競技)」「堂射(通し矢)」「近的」に用いるべき離れの味があり、以下は我流の解釈を述べます。

「切る」は真剣で切るイメージで、詰めて気合鋭く堅物を射貫く小離れ。

「払う」は弓手を止め馬手を強く払うイメージで、軽い箆に短い羽根をつけた繰り矢で、高く遠く飛ばす大離れ。

「別れる」は左右にさっと別れるイメージで、三十三間堂の通し矢で、低く伸びて通る大離れ。

「契る」は契約を守るイメージで、射法・射技の規矩を守って、詰め合い・伸び合いの後に離れる中離れ。

3)心気の離れ
教本では「離れ」についての具体的な説明はなく、縦横十文字の規矩に従って、体の中筋から伸び合って、気合の発動とともに矢が離れていきます。小手先の技からではなく、気発の充実によって、自然の離れが出てきます。

また、会と離れとは「会者定離」と云う仏教語からの言葉であり、「会するものは定めて離れる」、会するとは生ある者、出会うもの、釣り合うものの意味、離れるとは滅する、別れるの意味から、因果応酬、輪廻を現しています。

4)気合の発動による離れ
吉田能安先生の弓道いろは歌には、「離すなよ 伸びて 気発の熟すまで」とあり、気発のイメージを掴もうと努力していますが、全くできません。

剣道や柔道ではエイッと鋭い気合とともに切れの良い技が出ますが、弓道では矢声は巻藁射礼以外には行いませんので、静かなままに気合を入れることが難しいです。ドラゴンボールの亀仙人が「カメカメ波」と叫んで電子砲のように発射するようなダイナミックなものではないようです。

会では、「伸び合いは矢束を引き伸ばすことではなく、気力の充実である」とあり、また離れでは、「体の中筋から左右に開くように伸張すれば、気合の発動が生じて自然に離れがでる」とあります。これらは原因と結果がどちらも気合の発動であるので、一寸理解しにくいものです。

私は、矢束を僅かに引き延ばしながら、離れに気持ちを集中させるとき、我知らず引き金が弾かれて離れが出るイメージで行いたいと考えています。

10.離れにおける不動心


弓道書に離れにおける不動心について星野勘左衛門の解説がありましたので、少し今風に書いてみます。

「離れは射の極意なり。離れの善悪邪正によって中り外れが定まる処の本源なり。会までの六節は皆離れを正直に(正しく真っ直ぐ)して、中り・矢飛び・強みを得たいためなり。花形(射形)の整った形良き射人が、離れにて早気・遅気・緩みなどの煩いが生じるのは、中てようと思う気が先立って、迷いを求めるゆえなり。
 結局、離れを急いで気が焦るときは道を得ず。放す心が出るゆえなり。的に狙いが付いたと覚えるとき、これにて放して勝利を得ようと気を発し、心を動かすゆえに不中となる。
 ここは、心を不動にして左右に引き合い、五部の詰めよく調い、胸に強みを含み、割り轄の入る処こそ、そのままの離れなり。離れは四部の離れ、満ちる処自ずから離れるのを真の離れと知るべし。僅かも放つ意識あるときは離れにあらず。このことは筆舌に述べ難きことなり。」

11.寝々子法師


「心の騒静は七情を去って、寝々子法師に至れ」という言葉があります。

「心の騒静とは騒ぐと静かなるであり、身骨気心ともに静かならぬは、中りはなきものなり。七情とは、喜・怒・憂・思・悲・恐・驚なり、この七つは心の騒がしきことの因なり、目当て(狙い)も定まらず、心急くものなり。寝々子法師とは弓を心静かに収めることを云う。まず心より静まらぬようでは、弓など収まるはずがないと知るべし。」

これは、乳児の子守をする者が子を寝させようと「ねんねんころり」となだめることに例えたものです。

コメント

この記事へのコメントはこちらのフォームから送信してください

小笠原流 流鏑馬

小笠原流 流鏑馬 | 小笠原流が各地の神社で奉仕する流鏑馬を網羅した写真集。各地それぞれの行事の特徴や装束が美しい写真で解説される。観覧者が通常見ることのない稽古の様子や小笠原流の歴史についても書かれており読み物としても興味深い。数百年の時を経て継承されてきた古流の現在を記録し後世に残すという意味で資料としての価値は高い。

小笠原流弓と礼のこころ

小笠原流弓と礼のこころ | 小笠原流宗家(弓馬術礼法小笠原教場三十一世小笠原清忠)著。一子相伝800年の小笠原流の歴史や稽古法などについては40年程前に先代宗家の著した書があるが、本書では加えて武家社会終焉以来の「家業を生業とせず」という家訓を守ること、そしてこの平成の世で礼法のみならず弓馬術の流儀を守ることへの矜恃が綴られる。

弓の道 正法流入門―武道としての弓道技術教本

弓の道 正法流入門―武道としての弓道技術教本 | のうあん先生こと正法流吉田能安先生の教えを門人達が記録した書籍。のうあん先生は古流出身ではないが、古流を深く研究した上で現代正面射法を極めた人といえる。射法についての解説はもちろんのこと、伝説の兜射貫きや裏芸といわれる管矢についての記述も読み応えがある。

記事カテゴリ
最近のコメント
著者プロフィール
過去の記事
others
東海弓道倶楽部