2-8 狙いと矢乗り
矢の飛んでゆく方向から狙いを見つけてはいけません。鉄砲ならば誰でも銃身を合わせて狙うでしょう、弓でも矢が的の方向を向いていないのは論外です。矢が曲がって飛ぶ分だけ狂わせて狙うのは上達を拒否していることに他なりません。まして、後ろを狙っていることを知らないのはあまりにも無知と云うほか在りません。
弓のマナーとして「他人の矢乗りを見るな」と教えられていますので、誰も矢乗りについて指摘しません。これは矢乗りが判っている人に対して、とやかくおせっかいを云うのは失礼ですよと云うことです。しかし、矢乗りそのものが判っていない人にはしっかりと教えてあげるべきだと私は思っています。
いつも云うように和弓では矢は前にスライスするようにできているので、初心者のうちは上押しと角見を効かすコツを練習することが肝心であり、狙いを矢所から調整してしまうのは、ダメダメと云いたいです。
弓道教本の4巻を読みますと、故中野慶吉範士十段は以下のように教えています。{弓の狙いと矢乗り}について、
「矢は常日頃より、必ず的心につくようにしていなければならない。それには物見を正して、真の矢束を引き分け、頬付けを定め、胸弦がつくなどして整えた会で、しかるべき人に、後ろから矢が的心に付いた所を教えてもらい、良くその位置を弓を透かして確認して、正しい矢乗りを身に付けることである。」
「矢が前に出るからと後ろに付け、後ろに行くからと前につけたりして、的に当てるなどは、正直なことではない。」
「的心に矢をつけて前にそれるとしたら、一層に技や均衡を修練してゆくのが修行道なのである。」
「矢摺り籐を透かして、あるいは弓で的を半割して的を見るが、それは単に的を見るのではなく、その的心を目に映すという見方であれば、的に捕われない心眼となる。」
「要するに心が澄めば、目も澄み、精神が統一されるのである。」
以上全て受け売りであります。全く良いことを云っています。
櫻井 孝 | 2001/09/03 月 00:00 | comments (0)
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