2-1 弓の薀蓄
1)弓の形
西洋では弓はアーチ、あるいはボウと呼びます。アーチは放物線形状であり、力学的にすばらしい力があります。アーチを上手に操る人をアーチスト(芸術家)と呼び、建物や橋に応用する人をアーキテクチャー(建築家)と呼びます。
中国の弓は漢字が示すとおり円弧状ではなく湾曲した弓で、すばらしい性能があります。一方日本の弓は、魏志倭人伝に「兵用矛楯木弓(武器は矛、楯、木弓を用いる)」「木弓短下長上竹箭或鐡鏃或骨鏃(弓は上が長く下は短く、竹の矢で、鉄製の矢じりあるいは骨製の矢じりである)」と記されているように、古代(三世紀頃)から中央よりも下のほうを握る射法であったことが判ります。
日本の弓の形を見るとき3つの特徴があります。
まず、弓の弦を外すと逆に反り、裏反りと呼ばれます。これは土木建築の分野ではプレストレスと呼ばれ初期張力を与える手法です。この裏反りはギターの弦を締めるように弓の本来の力を強める働きがあります。裏反りによって弦が戻った時も緩まず、強度を保ったまま返るので勢いがでます。しかし裏反りが強すぎると、弓が敏感になりひっくり返る危険性が大きくなります。
2番目の特徴は弓の字の形が示すように湾曲していることです。これは先ほどのプレストレスが全体的に加えられていたのに対して、3の字状に湾曲して与えられていることです。円弧状の弓では力のかかる握りの部分に力が集中してその部分が折れやすいのですが、3の字状に湾曲させると中央の握りの部分には初期の状態で逆に曲げられているので、その分だけ余裕となり強度が高くなります。和弓の芸術的な完成度の高さはこの湾曲したプレストレスのかけ方にあります。
3番めの特徴は握りの下が短く上が長い点にあります。これについては力が上向きに作用して、矢がホップするため的中にはマイナスとなりますが、高射砲のように敵陣に打ち込むには楽であったのかも知れません。
2)弓の力学
弓の中央を握ったと仮定すると弓の強さを数式で表せば、以下のようになります。
P=24・E・I・a/L^3
注)理科系の方からこの式について質問がありましたので、注釈をします。
土木、建築、機械工学において、中央に荷重が作用するとき、梁のたわみの式は a=P・L^3/48・E・I となっています。しかし弓の場合には矢束は弓の変形の他に、弦が幾何的に三角形に変形して矢束となり、概ね同じ分だけ変形するものとして48分の1でなく、24分の1としたのです。
但し、これらの式は弓の剛性が等断面であることと、微小変形理論に基いていることから、厳密には若干の誤差が生じるので、補正係数が必要となりますが、概算的には無視できると考えました。厳密には有限変位骨組構造解析プログラムに入力すれば、簡単に求めることができます。
ここで、Eは弓の材料の弾性定数でヤング率と呼ばれます。木や竹のヤング率は種類によって異なりますが、鉄の約20分の1程度。竹は少し小さめですが伸びの限界ひずみは大きくなります。グラスファイバーは弾性係数が高く、カーボンファイバーはさらに強く鋼に近い強さがあります。
鎮西八郎為朝が鉄の弓を引いたと云う伝説がありますが、弓の心材に鋼を用いたのかも知れませんが確かではありません。
aは矢尺の長さ、L^3は弓の長さの3乗、Iは弓の断面の剛性です。すなわち弓の強さは矢尺に比例し、弓の長さの3乗に反比例することが判ります。また剛性Iを数式で表すと、
I=B・t^3/12
となり、弓の強さは弓の幅に比例し、弓の厚さの3乗に比例します。
弓の幅は約3cm程度の一定であるので、弓の強さは弓の厚さによって敏感に変化します。初心者の弓は5分(15mm位)の厚さで10kgの強度であり、6分の厚さで約20kg、江戸時代の達人の弓は7分、30kg程度ありました。
櫻井 孝 | 2001/09/03 月 00:00 | comments (0)
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