home >  弓道四方山話 > 巻の六 「掛け橋の巻」

6-20 「押し引き一如」の原理について

「押し引き一如」と「射法訓」には違和感


錬士の学科問題に「押し引き一如」があり、ネットで模範解答を探したところ、「射法訓の大三」を引用した文章を見つけましたが、私はこれには違和感があるので、一寸書いてみます。

解答では、「押し引き一如は、射法訓の中の『而して弓手三分の二弦を推し、妻手三分の一弓を引く』の大三の項から、押すことは引くことであり、引くことは押すことである。弓と弦の引き分けは押し引き相応じて均等に行わなければならない。押すことを知って引くことを忘れ、引くことに捉われて、押すことを怠ってはならぬという原理を云っている。」とありました。

射法訓の解釈


射法訓を解釈すれば、「弓手は弦を感じながら三分の二押し、妻手は弓を感じながら三分の一引く」となり、これを「力の配分」と解釈すれば、押し引きは均等ではなく、二対一となります。

この文章は「大三」に至るとき、弓手を伸ばし馬手肘を折って左側に送って構えるので、「弓手を三分の二押し広げ、馬手を三分の一引き広げる『移動量』(引き尺)のこと」と解釈すれば、納得できます。

ただし、ここで弓手は弓手、馬手は馬手と偏って行ってはならない、弓手は弦の力を、馬手は弓の力を感じながら行うことが肝心であると解釈できます。

弓の力における作用・反作用の法則


弓は反動力であるので、押し引きは必ず同じ力で釣り合います。すなわち、弓手を押し拡げるとき、馬手が弦から受ける力は弓手の力と等しく、逆に馬手が弦を引き拡げる時も同様に釣り合います。この点からも縦横十文字を保てば、弓手の力と馬手の力は2対1にはならず、常に釣り合うはずであり、物理学ではこれを作用・反作用の法則と云います。

父母の釣り合い


次の「引き分け」以降においては、射法・射技の基本体型の「縦横十文字」の規矩に従って、脊柱を真っ直ぐに保ったまま、押し引きは左右均等に働かせることが肝心です。

弓道教歌に「剛は父、懸けは母なり、矢は子なり、片思いでは、子は育つまじ」とあり、「父母の釣り合い」とも云います。剛は弓手のことで父のように強く、懸けは馬手であり母のよう優しくするが、片思いでは子供が真っすぐに育たないように、押し引きが均等でないと矢は真っ直ぐに飛ばないと教えています。

両肩を結ぶ線の歪み


弓手は伸ばして、馬手は上腕を折り曲げているので、弓手は押す力を馬手は引く力を反対方向に受けますが、弓手肘から馬手肘の間(両上腕、両肩、体幹)では弓と弦から等しい圧縮力を受けて対称となっているのです。

しかし、上記の押す力と引く力に惑わされて、「弓手は棒のように突っ張って押し、馬手は肩から回すように引く」ことを正しいと勘違いしやすい。こうするとき、両肩を結ぶ横軸(三重十文字)が歪み、弓手肩が出て馬手肩が相対的に逃げて、馬手肘が収まらなくなり、狂います。

これを戒める弓道教歌に「口伝せよ、押していたずら、引く無益、父母の心を、思いやるべし」があり、これも「押し引き一如」を意味するものですね。

五部の詰め、四部の離れ


押し引きを均等にして、自己の骨格に適正な矢束分まで引き分け、詰め合いを行った形が骨法に叶った「会」であり、胸の中筋(縦筋)を天秤の支柱にして、弓手馬手の両肩、弓手馬手の両手が釣り合い、会するので会と云います。

また、会では押し引きが均等に伸び合って、気が熟すとき、胸の中筋を不動のまま、両手、両肩の四か所が左右均等に同時に割れて「四部の離れ」を生じるのが理想です。

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