home >  弓道四方山話 > 巻の拾壱 「流水の巻」

11-15 尾州竹林流江戸派の謎

1.竹林流江戸派と本多流

本多流の系譜から、渡辺甚右衛門寛が星野勘左衛門茂則の印可を相伝して江戸に移り住み、江戸派と呼ばれました。明治になって本多利実が継承し、多くの門弟を育成し、現代弓道の母体を築き上げた偉人ですので、利実翁の没後本多流と呼ばれました。

2.尾州竹林派弓術書の謎

このような歴史から本多流も尾州竹林派の伝書を用いており、生弓会・東大出版が利実の蔵書を「尾州竹林派弓術書」として「本書」、「中学集」、「目安」を編集出版しました。

これらは本来ならば星野派の伝書であるはずなのに、なぜか瓦林與次右衛門成直が伝えた紀州竹林派の伝書と思われることが謎です。

3.「本書」の註釈者は誰か

「本書」あるいは「四巻の書」には、まず竹林坊如成の書いた極めて簡潔な本文があり、次に一字下がりの註釈は竹林貞次の記述であり、さらに二字下がりの註釈がありますが、誰の註釈かは明記されていません。

しかし、註釈を詳細に読むと、文中に「経武」という人物名があり、吉見台右衛門経武(順正)であることから、紀州竹林派の伝書であると思われます。

4.「中学集」のあとがき

私の手元に二種類の「中学集」があり、一つは武道全集に四巻の書(星野勘左衛門茂則註)と合わせて出版されたものです。この巻末には門外不出の秘伝とすること、天正十九年(1591年)に竹林坊如成が竹林貞次に与えたとあり、続いて六代目までの石堂竹林家の署名があるので、代々の石堂家に伝わった秘伝の書であることが判ります。

もう一つの中学集は本多流の「尾州竹林派弓術書」に出版されたものです。これには如成の簡潔な本文に貞次が註釈を加え、さらに瓦林が註釈を加えており、巻末には瓦林が石堂家の秘伝に註釈を加えていきさつを貞次に弁明し、息子の教育用として個人的な使用に限定することで、貞次から許可を得たことが記されています。

また、巻末には天正九年(1581年)に竹林坊が貞次に与え、慶長七年(1602年)に貞次が瓦林成直に与えたと記されていますが、他の石堂家の署名はありません。時代考証をすると、天正九年は本能寺の変の前年であり、竹林坊が仕えたのは徳川幕府の創生期ですので、正しくは天正十九年でしょう。

さらに文末に享保十三年(1728年)渡辺甚右衛門寛の署名がありますが、なぜ星野派であるのに紀州竹林派の中学集に署名しているか謎です。

5.「目安」の序文

「目安」は貞次が弟子の射形を直す際の口伝(秘伝)を瓦林が今後弟子の指導にあたるときの目安、あるいは手本となるように纏めたものであると序文に書いてあります。

「中学集」も「目安」も宗家以外に他見を許さない秘伝の書でしたが、瓦林が書き記し、丁寧な註釈を加えたことにより情報公開となり、後年指導書として役立ったものですが、当時の竹林関係者からは問題になったのではないかと思われます。故富田先生の著述に「尾張から出て行ったものについては触れない」としているのはこの瓦林と渡辺寛のことを示しているのかも知れません。

コメント

コメントをありがとうございます。
このHPの特集記事に「星野勘左衛門 経歴の謎にせまる」という記事を書いています。
まだお読みでなければ、そちらも見ていただきたく思います。
世の中には「星野勘左衛門は紀州の脱藩者である」という説がありますので、多少の文献と想像で書いてみました。
sakurai takashi | 2012/03/13 12:04
松波弓具店に三十三間堂通し矢矢数帳を拝見したときに紀州で良い弓引きが現れると尾張に派遣していた感があります。反対も同様です。以外とお互い交流して切磋琢磨していたのではと思っています。和佐大八と星野勘左衛門も通し矢で何がしかの繋がりがあったようですし,全く孤立していたのではないのではないかと思っています。
名古屋在住で地元出身ではない人 | 2012/03/09 10:43

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