home >  弓道四方山話 > 巻の拾 「未来身の巻」

10-11 早気の克服

早気の克服は簡単ではありません。自分も少しでも甘くなるとすぐに早気になってしまい、なかなか克服できませんが、自分のことは棚上げして少し書いてみます。

「早気」とはただ「早い」だけでなく、「気」の問題すなわち「心」に関連し、個々の本人がどのように自覚して、自分でコントロールすることができるかにあるので、なかなか一筋縄では捕らえられません。

1. 心身の問題
弓道は精神統一の武道であると全くの門外漢でも結びつけるし、オイゲンヘリゲルと阿波研造の「弓と禅」ではないですが、「的を狙うな」「無心になれ」「満を待つ」「万法帰一」のように精神至上主義が良いのだという風潮があります。しかし、オイゲンへリゲルのような短期間の修行者では、達人のみが達成できる悟りの境地に入れるとはとても思えません。

的に向いていない矢はどんなに優れた釣り合いのとれた射であっても的中するはずがありません。また、ただ無心になってじっと耐えれば、露がポトリと落ちるような離れがでるわけではありません。露が乾いて落ちなくなると、緩みや持たれ、ビクリが出てしまいます。「無念無想だけでは離れますまい」と本多利実翁も述べています。

私が言いたいのはそのような精神至上主義ではなく、射技・射法の基本原理を理解して、骨格や関節・筋肉の正しい使い方を習得し、それをどうすれば最も安定してコントロールできるかというところに心的安定性が入ってくると考えています。

これは他のあらゆるスポーツなどでも同様であり、合理的な理解と鍛錬があった上で一段と高い達成を求めるときにさらに強い精神性が必要になるのだと、先日のフィギュアースケートのファイナル選手権で感じました。

吉見順正は射法訓の前文で「そもそも弓道の修養は、動揺つねなき心身をもって行う業であり、(略)心技体の三界にわたり相関連して千種万態に変化するので、(略)容易に会得する事はできない。ただ己を反省して、心・身を正しく、正技を練り、修行に励むの一途あるのみ(略)」と述べています。すごい文章です。

弓道四方山話の1-10「射法訓に前文がありました」でよく味わってください。また、1-8「夢中と覚醒と無念無想」も同様の趣旨で書いたものです。

2. 早気について
さて、早気については10-3「三病について」に一寸私の考えを書きました。

初心者の間は意識して離れを出しているので、早気は深刻ではありませんが、慣れてきて上達するに従い条件反射的に離れが出るようになります。こうなると中りも出て、活躍でき最高になりますが、早気に罹りやすくなります。新人では練習熱心で、離れが良く、上達の早い人ほどかかりやすい病気です。
(中略)
また私の友人は早気を治すため、巻き藁に自分のシャツを掛けて引いたら、穴を明けてしまいました。早気は精神的なものが大きく、条件反射的に出てしまうのでなかなか直らないのです。気持ちを入れ替えて、少し覚めた目で、澄んだ心で心身をコントロールできるようにすることができれば(難しいです)克服できたといえるでしょう。

昔の達人でも早気に悩んでいたことを読んだ記憶(正確ではない)があります。ある人が早気を治そうと一大決心して、殿様から拝領した家宝の羽織(自分のシャツどころではない)を的に懸けて射たところ離してしまい治らなかったので落胆し、今度はかわいい我が子を立たせたらようやく早気を克服できたと書いてありました。

また、星野勘左衛門の記録を破った和佐大八郎が早気になり、練習でも矢が通らなくなって(堂射は速射であるが早気では矢が伸びない)悩んでいたとき、師匠の吉見順正が大八郎の矢前に突然身を呈して制止したので、ようやく早気が治ったとありました。

こんな事を書くともう早気は治らない思うかも知れませんが、諦めてはいけません。

3. 会の抱えと心の動揺
会に至って力みなく無意識のうちにポロッと自然に離れるのはオイゲンへリゲルでなくとも陶酔するような素晴らしさがあります。しかしこの無意識が曲者です。これが病的になってくると、ある刺激を受けると会の充実や詰め合いが整わなくても制御不能となり、条件反射的に離れるようになってしまいます。これが本格的な早気です。

弓道四方山話では8-13「心の動揺」5-18「会―抱え」1-18と21「心の騒静は七情を去って寝々子法師に至れ」7-9「詰め合い伸びあい」に書きました。

引き分けまで整っていい形に収めてきても、離れの一瞬に早気、緩み、ビクリなどの患いが生じることがあります。これは殆ど中てようと思う気持ちが先立って離れを急ぎすぎて、道に達しないためです。射も意識も乗ってきて、狙いが着いたとき、「よしこれで放して勝利を得よう」と心を動かしてしまうためです。

4. 克服方法
前にも述べたように、早気を治す薬も指導もありません。自分で制御しなければならないのです。早気を直すために力を抜いたり、意識を逸らしたり、狙いを外したり、頬付けを浮かしたりなど、ただ保つだけの射で早気を治そうとすると、今度はもっと厄介な緩み・ビクリという病魔に取り付かれます。そうなると早気でしかも緩み射となり最悪の状態になってしまいます。

早気の人がいきなり会を5秒も保とうとしても無理です。ちょうどラジオの時報のようにプップップップーン、とかイチニイサーンと言うようなリズムを心に描いて、最低でも頬付け・胸弦・狙いを確認して伸びて離れるように心がけたいものです。

心を不動にして左右を釣り合い、胸に強みを含んだまま「只そのまま離れる」のが良いのです。弓手・馬手肘・両肩・胸の中筋の5箇所を詰めたまま、胸の中筋で割る四部の離れを求めなければいけません。ただ素直に伸びて、満ちて割れる離れです。

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