7-1 会の形(その1)
7-2 会の形(その2)
7-3 会の形(その3)
7-4 会の形(その4) 加筆訂正
7-5 会の形(その5)
7-6 会の力学
7-7 掛け金
7-8 楔について
7-9 詰めあい伸び合い
7-10 丁度いい矢束
7-11 五重十文字について
7-12 十文字の錯覚
7-13 詰め合いは縮めることではない
7-14 伸び合いはえいやっと放すものではない
7-15 押手の親指と勝手の親指の方向
7-16 矢束についての訂正
7-17 押しと引きの対称性
7-18 前肩さがり、後肩あがりを矯正する
7-19 続:前肩さがり、後肩あがり
7-20 唯矢束、わがままな矢束
7-21 過ぎたるもの及ばざる如し(矢番え) New!
7-22 肩の出入りの過不足 New!
7-23 物見(頭持ち)の過不足 New!
7-1 会の形(その1)
会の形は引き分けの弦道の結果です。従って会に入ったらもう直せません、そのままです。しかし、弦道のときには、会から戻したのが弦道だと云い、鶏と玉子とどちらが先ですかの関係になります。ようするに自分に合った引き方、射形を見つけ、反復して、体で覚えさせて、正しい弦道を見つけると云う手順でしょうか。
弓道は儒教の影響が強いので、中庸と云う云葉を重んじます。「心を総体の中央に置く」はまさにこのことです。また、「過ぎたるは及ばざるが如し」のように、押し過ぎても、引きすぎても、肩を出しすぎても、凹みすぎてもいけません。会の形のポイントは三重十文字の規範がきちっとできているかにあります。
三重十文字が中庸であり、これから外れるものはいけません。すなわち両肩が矢筋と平行になっているかどうかが最も重要であり、偏芯モーメントの項でも述べました。従って、大三から引き分けでは、つねに両肩の付け根がどの位置にいるかを常に気をつけることが肝心です。押手を効かすとか、勝手の肘を回すようなことは末節のことです。
このとき、押し手の肩は見え易いですが、勝手の肩は見えにくいので、特に注意が必要です。
また、弓道八節図解も中庸であり、実に凄い図だと思います。この図解は何度見ても、実に素直に、柔らかく、簡単そうに描かれています。張り詰めた隙のない近寄りがたい射ではなく、自然な形になっています。納まり具合、離れにおける開き、握りこみなど良く見るほど味が出てくるように思います。
7-2 会の形(その2)
会の形の中庸は三重十文字にあると云いましたが、今日はその規範から外れた癖について述べましょう。
1.突っ張り肩、鉄砲肩、棒押し肩
これは押手を強く押そうとして、左肩が突っ張り、押し手、左腕、両肩が一直線になり、押し手の握りを交点として矢筋と三角形となるものです。両肩は矢筋とは平行ではなくなりますが、的に向かって一直線に押しているので、本人は肩の十文字が狂っていることに気がつかないのです。
この場合、妻肩が逃げ右肩が開きますので、右肩、右肘は骨に嵌りにくくなり、さらに引く意識が強くなります。これは押手と勝手が相克となりどこまでも決まらない形です。手繰りと呼ばれるようになると、矢束は大きくなり苦しい射となります。また勝手離れになりやすく、押しているにも関わらず、矢は前に出ます。これは押し手の片釣り合いと云えます。
2.担ぎ肩、背負い肩
これは突っ張り肩の逆で、右肩を早く決めて受けるため、左肩が凹み、右肩が高くなり、矢束は小さくなります。両肩が矢筋と平行にならず、ジグザグになる形です。原因は楽に納めようとして、小さくなってしまうためです。この形は軽度の場合には、肘が良く決まって、押し手も良く効き、良く的中することがありますが、重症になると送り離れ、緩み離れとなってしまいます。ひじがあまり深く決まってしまうと離れは出にくくなり、緩んで肘が浅くなった所で離れるようになるからです。これも片釣り合いです。
重いリュックサックを担ぐ場合には、両肩で均等に担ぐべきであるのに、片側の肩で担ぐのに似ています。この場合、肩の肩甲骨は平らにはならず片釣り合いとなります。
ただし、これを直すのは相当な違和感があり、自分の射を見失う恐れがあるので、あせらずじっくりとやりましょう。
7-3 会の形(その3)
上から見たとき両肩は矢筋と平行ですが、横から見て十文字が前後左右に偏る癖があります。
1)かかる胴、突っ込む形:方位は東
押し手を強くする意識から的のほうへ体が突っ込む形であり、縦軸が的がわに傾き、矢は後ろ下に飛ぶ傾向があります。
2)退く胴、引っ張る形:方位は西
反対に引く意識から、妻手側に体が傾く形です。この場合には、矢は前上に飛ぶ傾向があります。
3)伏す胴、つま先体重:方位は南
弓の中に胸を割り込もうとの意識から前傾し、これ以上前傾できない形。矢は前下に飛ぶ傾向があります。
4)照る胴、踵体重:方位は北
腹から割り込もうとして、弓、体が反り過ぎてしまうもの。ひどくなければ、下腹部に力が集まり安定していますが、ここでは反り過ぎて踵体重の形。矢は後ろ上に飛ぶ傾向があります。
これらの癖は肩の出入りのように頑固ではありませんので、意識して注意すれば、直せます。当然ながら、正しい胴は十文字が正しく、方位は中です。矢は真っ直ぐに飛ぶはずです。
7-4 会の形(その4)
会の形で物見(頭持ち)は重要です。真っ直ぐに向けた物見の形は唯美しいだけでなく、押し手が効き、三重十文字も決まります。しかし、結構苦しいのでなかなか出来ません。丁度タイガーウッズのバックスイングのようです。古の書には、名前を呼ばれて振り向くときのように自然が良いとありますが、それでは一寸足りないような気がします。私の場合は亀の首のように前に出るのが欠点ですが、自分ではよく判りません。物見も胴と同じように、中庸に対して、前後左右の4つの癖があります。
俯く物見(的に傾く)は矢が下に、上向く物見(妻手側に傾く)は矢が上に飛ぶ傾向があります。
伏す物見(覗く、浅い)は矢が前に、照る物見(反る)は後ろに飛ぶ傾向があります。
正しい物見は前後、左右とも真っ直ぐで、首筋、頭持ちが天をつき、矢は真っ直ぐ飛ぶ筈です。
7ー5 会の形(その5)
会の形は45度の中庸に対して、縦引きと横引きに大別されます。縦引きは肘が45度よりも縦に入る引き方であす。これは肘が決まりにくいですが、離れは出やすいです。勝手を大きく引いて、腕相撲のように肘が立っているのを手繰りと云い、どこまでも引けるので、苦しく荒い離れとなり、ひどくなると緩む原因となります。
横引きは肘が45度よりも横に入る引き方であり平付けとも呼ばれます。これは肘が後ろに回り易いですが、口割りが低くなり、肘がつぶれるので、離れが出にくくなります。これらは大三の位置、および引き分けの弦道の結果であり、会ではなんともなりません。この大三の位置には中庸の他、高低、遠近の癖があります。大三が高くて近い場合には縦引きに成りやすく、低くて遠い場合には横引きになりやすいです。まれに、掛け口の付き方によっても、癖が付く場合もあるので、購入の際に注意が必要です。
7-6 会の力の力学
離れの働きを考える時、よもやま話の始めの頃に書いた力の働きについて改めて追記したいと思います。
ニュートンの力学の最初は作用・反作用の法則です。これは物体が動かない時、作用力と反作用力は等しくなります。従って静止状態であれば押し手と勝手の力は等しくなります。大三、会で静止させるのにはそのような意味があります。また引き分けをできるだけゆっくりさせるのも同じ意味です。また、慣性の法則もこれと同様と考えていいでしょう。
問題は運動の法則です。物体に外力が作用する時速度が変化します。すなわち徐々に力を増大させる時に、引き分けとなり伸びますが、力が減少すると戻りになります。瞬間的に生じるのがビクリです。
力の作用には軸力作用とモーメント作用があります。軸力は腕や肩の中心に力が作用する働きであり、直接骨に作用します。
モーメントの作用は開いたり、閉じたりする働きでこれは筋肉の働きであり、会での力の釣り合いを考える時、このモーメントの働きが重要です。
偏芯モーメントとして以前に書いたように、両肩の中心線と矢筋は平行ですが、高さも水平位置も約10cmくらい偏芯しています。20kgの弓を引いている場合には、正面から見た鉛直平面では20x10=200kg・cmのモーメントで両肩の関節は上に戻す回転がかかっており、これを引き分ける力が肩の関節を下に回転させる方向に作用してつりあいます。
また上から見た水平面でも弓のモーメントは200kg・cmで両肩の関節を前に引き戻す方向に作用し、引き分ける力が胸を開く回転方向に作用してつりあっています。
このとき引き分ける力が大きいと胸が開く方向に運動して、割る離れとなります。
つぎに勝手の肱の関節を見る時、上腕が水平であれば、肱に働く偏芯モーメントも同じですので、200kg・cmで閉じようとするモーメントと開くモーメントがつりあっています。さらに、押し手、勝手の手首が折れて押し手は弓に直角に、勝手の親指が矢筋の平行(一文字)であれば、モーメントは作用していないことになります。
この釣り合い状態で、一瞬の内に弦が開放されれば、胸が割れて、勝手の肱が開いて、両拳は矢筋方向に飛び、十文字の理想の離れになるはずです。
初心者には会でも常に引き分ける気持ちを持続させ、離れに繋げるように指導されていたのは、このような主旨と思います。
ここで、離れが乱れるのは、離れのリリースにあるか、抜いてはいけない必要な力を抜いてしまうためと思います。
7-7 掛け金
私は会における掛け口はツールボックスの掛け金、あるいは自転車のスタンドに似ていると思っています。すなわち右肘は右肩を梃子にして、掛け口を絞り込んで、詰め合いをするのが骨法であり、ここをカチッとロックするのがツールボックスの掛け金のように思えるからです。
たまたま弓道リンクの弓道場と云うのを見て居ましたら、弓道教歌が非常に多数のっていまして、その中に掛け口を戸の掛け金に喩えた歌が多数ありました。昔の人の懸け金はツールボックスではなく、引き戸の懸け金なので、一寸構造は違いますが、ほぼ同じような考えと思います。日置流、吉田流、竹林流、小笠原流にありますが、ここでは小笠原流の教歌を引用します。
「掛けがねをはづすは弦を解くこと大指はじく心得ぞよき」
「離れ口そろはぬ者は懸けがねのかけよう知らぬ射手と云うべし」
今の私は前回書いているように、この掛け金を外すときに一瞬の緩みがあるので、緩ませずパチンとはじく心得でやりたいと思います。
7-8 楔について
詰めあい伸び合いには楔と云う云葉が多くでてきますが、楔には2種類の意味があります。
1つは隙間をぴったりと埋めて締める楔であり、詰めあいのときに両肘、両肩の関節を固定する意味に用います。
お祭りのお神輿を組み立てる時、建築物を決める時、あるいは鳥居の柱と梁の交点に用いるように非常によく締まるものです。
もう1つは石垣などの大石を割るのに用いる楔です。硬い巨大な大石が小さな楔を打ち込むことで、バシッと割れます。会の詰めあいで大石のようにどっしりとした状態から、胸を割って離れを誘発する意味に用います。「五部の詰め」のうちの中心を割れば、両拳両肩が同時に離れる、理想の離れ「四部の離れ」となります。
このとき鉄石相克して火いずること急なりの意味がよく判ると思います。
7-9 詰め合い、伸び合い
詰め合い、伸びあいには「射は弓を引くにあらず、骨を射ること肝要なり」、云い換えれば骨、関節を嵌めて引くことが前提です。この上で、心を総体の中央に起き、胸の中筋に従い左右均等に引き分けて会に至ります。このとき三重十文字、五重十文字が規範であることは当然です。
ここで私は、詰め合いと伸びあいは別の事柄ではなく、同一の作用の裏表の関係と思います。引き分けの延長線上で胸筋を開いてゆくと、背筋、肩甲骨は閉じてゆき、関節に詰め物をするように決まってきます。すなわち詰めると云うのは、縮むことではなく、関節が決まってこれ以上伸びられない状態のことだと思います。
この状態は両手、両肩、および胸の中筋の5箇所が同時に詰まる「五部の詰め」と成ります。このとき、さらに僅かに伸びる釣り合いによって胸の中筋に楔を打ち込んで鎖を断ち切るように、火打石を打ちつけて火花が飛ぶように、パンと両手、両肩が同時に飛ぶのが、理想の離れ「四部の離れ」です。
また会の詰めあい、伸び合いにはリズムがあり、ゆっくりと大きな山を上るように、伸びやかに進めるのが良いです。急ぎ過ぎては、詰め合いの充実が得られず、会を待つのでは、持たれとなり緩み離れとなってしまい失敗です。また過度な緊張は硬くなるので、気持ちをゆったりとして、適度な緊張感で軽い離れを出すように心がけることが大切と思います。
7-10 丁度いい矢束
矢の引く長さを矢尺とか矢束といいます。正しくは矢の長さが矢尺で、引く長さが矢束です。
平家物語の那須の与一の矢束は十二束三伏せとあります。これは手の甲の握りを12回に指3本の長さのことですが、手の大きい人と小さい人では長さが違いますので、客観的な基準にはなりません。私の場合82cmですが、十二束三伏せとなり同じになるので、矢尺を決める主観的な尺度といえます。
矢束の標準は一般的には身長の半分とか両手を広げた長さの半分くらいが標準であると云われています。しかし人により骨格が違うので、厳密には引いて自分の射形が固まってくれば決まります。
昔の教えでは「引く矢束ひかぬ矢束に唯の矢束」と3つの矢束があります。引く矢束は眼いっぱい力んで「たぐり」引く矢束で引きすぎて緩む矢束です。唯の矢束は唯なんとなく引き、緊張感が無い矢束です。
引かぬ矢束はきちっと引いてこれ以上引かなくてちょうどいい矢束であると説明されています。引かぬのが丁度良いと云うのは、逆説的で難解な表現ですので、ちょっと理解しにくいですが、いずれにしてその人の骨に嵌まった丁度良い矢束があり、繰り返し練習によってのみ見つかるはずです。そうすれば、興奮して引きすぎることなく、疲れて引き足りないことも、なくなります。
7-11 五重十文字について
私はこれまで、五重十文字とは会における力の釣り合いについて、五行陰陽道から五にこだわったものと思っていました。体の縦横十文字と弓矢の十文字との二重十文字があれば、あとはその重複であると思っています。
また、十文字と言いながら、若干傾いていたりするので、厳密なものではなく、やや観念的なものと考えていました。
- 弓と矢の十文字
- 掛けと弦の十文字
- 押手と弓の十文字
- 背骨と両肩の十文字
- 首筋と矢の十文字
その考えは今も基本的には変わりませんが、小笠原先生、白石先生の「詳説弓道」、あるいは魚住先生の「弓道概論」を読むと、十文字の順番がいつも同じ順番ででてくることから、会の状態での五つの十文字ではなく、射技の経過での十文字ではないかと云うような解釈もできます。
- まず、弓と矢の十文字は矢番えするとき、矢は弦に直角に番えよと云うこと。
- 次に、取り掛けのとき、掛けは弦に直角にあてる。これを掛けの十文字と云う。
- 押手の十文字は手の内を整える時、押手は弓に直角に当てなさい。これは骨法陸と云い、中押しの形です。
- 体の縦筋、両肩の横筋の十文字は引き分けの十文字であり、足踏み、腰、肩の三重十文字です。
- 首筋と矢の十文字は丁度良い矢束に引き納めた会の十文字です。
このように見方を変えると、これも非常に説得力があり、順番を含めて、なる程と思います。しかし、四巻の書では五重十文字は詰めの十文字と言い、射形の総体五箇所に十文字の曲尺ありと書いている。それを素直に解釈すれば、私の最初の考えとおなじように、会の状態での詰めあいにおける、五箇所の十文字となります。
どっちが正しいのか、よく判りません。誰か教えて下さい。
7-12 十文字の錯覚
縦筋と両肩の十文字が弓道の第一のポイントであることは論ずるまでも無いことですが、自分の十文字がどうであるかを見るとき、これにも錯覚があって意外に勘違いし易いと思います。四方山話にはいろいろ書いてきましたので、話が少々だぶるかも知れませんが、年寄りの繰言と思ってご容赦願います。
十文字の横軸は矢筋と両肩の線が平行であることが、基本であり、議論の余地は無い。そして、矢は頬の位置にあるので、両肩の線よりも約13cm位高い位置にあり、真上から見るとき両肩の関節を結ぶ線と矢筋も約13cmくらい離れています。
このため、押手の握りこぶしの位置は左肩関節の延長線の位置から、右上方45度方向15cmの位置になります。
また、勝手は上腕と下腕を折り曲げて、掛け金のように、あるいは自転車のスタンドのようにカチッと決る所まで引き分けるので、右肱の関節は右肩の延長線上よりも3〜5cm位右下45度後方に納まるはずです。
すると、押手の腕は左肩の延長線上ではなく、右上方向に約10度位折れて、肩との角度は170度位になります。
また勝手の上腕も右肩の延長線ではなく、右下後方の10度〜15度位折れるので、肩との角度は190度位になります。
したがって十文字と言うのは、あくまでも両肩までのことであり、両腕まで含めたものではないと言うことを認識しなければなりません。
両腕までを含めて十文字にしようとすると、左肩と腕の角度、および右肩と腕の角度がともに180度で、ほぼ同じに見えるようになってしまいます。こうすると押手、両肩、右腕が一直線になり、矢筋とは平行にならなくなります。
これは鉄砲肩、あるいは棒肩と呼ばれ、押手を中心にして、矢筋と横軸が三角形になってしまいます。
すなわち、左腕、両肩、右腕は、一直線ではなくジグザグに折れて、中央の肩の線が水平になっているのが正解なのです。 もちろん、逆に行き過ぎるのも、担ぎ肩となり肩が水平、平行でなくなりますのでダメです。これらは、ともに3重十文字の狂いと言います。
7-13 詰め合いは縮めることではない
射法では、引き分けの後に詰め合い伸び合いが書かれていますが、詰め合いって何だろう、今一つ判らない気がします。
引き分けから会に至る動きを考える時、徐々に動きが収まって来るので、詰め合いなどなくても、伸び合いだけで十分と思われます。
私は詰め合いは伸び合いの裏表の事象であり、胸の前で伸びあえば、肩甲骨は締まって来て同時に詰めあいに至ると思っています。
しかし、古書では引き分けの終点に詰め合いがあり、その後に伸び合いを持って、離れを誘うように書かれています。
したがって、詰め合いというのは引き分けの動的な動きを静かに納めて、丁度良い矢束だけ引き納め、胸弦、頬付けをピタット付け、狙いを的心に付け、両肩の関節の隙間を埋めて、気持ちを納め、きちっとホールドすることでしょう。
ここで、ホールドだけの詰め合いでは離れが出なくなりますので、伸び合いが必要になりますが、あくまでも詰め合いと伸び合いは同時に連続して行うべきと思います。
くれぐれも、詰め合いを縮めることと誤解しないようにしたいと思います。
7-14 伸び合いはえいやっと放すものではない
詰め合いの後、伸び合いによって離れに至るのですが、このときの伸び合いは、思い切り良くえいやっと放すものではありません。 大三はここ、引き分けはこう、会はここ、詰め合いはこことホールドして、ロボットのように、えいやと放すのでは、中るかも知れませんが、力の連続性がありません。
弓道八節に分けてメリハリをつけて、練習することと、一つづつ区切って働かすことは違います。 弓道八節を区切って練習することは、動作のポイントを確認する上で、大切なことですが、力はいつも連続していなければなりません。
止める時は止める前の力の動きと、その後の力の動きをスムースに連続させることが肝心です。引き分けから会に至る時、詰め合いによって全てが定まり、静止するように見えるが、引き分けの力の延長線上にあり、さらに会の力の延長線の方向に沿って接線方向にパラリと割れるように、連続したスムースな離れが私の理想です。
このときも離れが出るのを待つのではなく、押手の角見と勝手の一文字が伸びあって分離する気持ちが伸び合いといえるでしょう。
これがえいやの離れとなると、押手は止まったまま、勝手が矢筋方向でなく、これとクロスする方向に無闇やたらに放してしまい、緩み離れの癖をつけてしまうことが問題です。以前に鉄砲の引き金でこれを無闇に思い切り引くのでは何処へ飛んでいくか、危なくてしょうがないと書いたものです。
射形の癖はやる気があれば直せますが、緩み離れの癖が身に付くとなかなか大変です。手遅れにならないうちに癖を直さないと容易ではありません、いや伸びて離れる癖を身につけるのが秘訣でしょう。
7-15 押手の親指と勝手の親指の方向
この頃、口ばかりで、ますます中りが遠ざかっていますので、自分ながら四方山話を語るのが白々しく思いますが、頑張って年寄りの戯言を述べてみましょう。
詰め合い、伸び合いはこれまで書いてきたように、両拳、両肩、胸筋の5部の詰め、四部の離れが最高の技です。
このとき、両拳の働きは剛弱、強搦で述べたように、押手も勝手も脈所から、両手の親指が矢筋方向に伸びてゆく意識が重要であると思います。
押手では、親指の上に矢が載っているので、押手の親指の方向に角見を効かしてゆくのは矢を真っ直ぐに押し出せることが自分でもよく判ります。
一方、勝手も親指の付け根の弦枕で矢の筈を挟み、一文字に引いているので、この親指の方向に働かしてゆけば、弦は矢を真っ直ぐに押し出してくれるはずですね。
しかし、勝手は目に見えないので方向が判りにくいですが、親指の方向は矢と平行ですので、離れの瞬間はこれをクロスさせないように、親指を伸ばしたまま親指に平行な方向に離れるのが矢筋方向の離れです。
7-16 矢束についての訂正
以前(7-10)に、3つの矢束「引く矢束、引かぬ矢束、ただ矢束」の説明として、「引く矢束は眼一杯力んで引き手繰って引きすぎた矢束である」と書きましたが、これは間違いのようです。
伝書には「引く矢束というは至らぬ矢束なり」と明確に書いてありましたので、これは引き足りない矢束で引くべき矢束ですので、全く逆の説明をしてしまいました。訂正いたします。
また「引かぬ矢束はこれ以上引くべきところが無い十分の矢束」であり、「唯の矢束は漫然とした矢束である」と書かれており、弓道教本にも引かぬ矢束が最も云い良い矢束となっています。
しかし、この件については四巻の書が反語的な、意味深で逆説的な表現をとっているため、解釈が難しくて、伝書の注釈ですら色々な解釈があります。
同じ伝書の後段の注釈においては、以下のように全く逆の解説もあります。
「引く矢束は初心の時に、業をなるべく大きくなさん為に十分一杯に引きつける限り引かせて射させることを云う。」
「引かぬ矢束とは5部の詰めの規矩いまだ定まらぬ故、縮みて十分に至らざる云う」
「ただ矢束は5部の詰めの規矩に叶い、長短なく骨法の丈に過不足なき納まる矢束である」
と注釈し、ただ矢束が丁度云い矢束であると逆のことを言っています。
素直な書き方であれば、「過ぎたるもの、及ばざるもの、中庸のもの」となるべきで、本来そのような表現であったと思われ、それなら誰も誤解しないのですが、まともな表現では面白くないとして捻った解釈をしたために、この中庸が唯のつまらぬものとして否定されて、難しくなってしまったと思われます。
尾州竹林流の故魚住先生は弓道教本とは解釈が異なることを断って、唯矢束を丁度云い矢束と言っており、私も引く矢束をこの解釈としたものでした。
しかし、四巻の書の最初の書き出しは明らかに上述の文章であり、多くの弓道教歌からは殆どが「引かぬ矢束」を丁度云い矢束としています。
誰もが、過不足なく丁度いい矢束がいいと理解しているにもかかわらず、「引かぬ矢束」が丁度いい矢束になってしまっているのです。国語表現を捻って言いまわすと、玉虫色になってとかく難しくなりますね。
7-17 押しと引きの対称性
押しと引きは対称か、それによって肩は水平になるのか、肩甲骨は対称になるのか考えてみたいと思います。
力学的には弓の力は内力の釣り合いとなりますので、静止状態では左右の力は釣り合っています。動いている時もビクリや緩みのような急激な変化でなければ、概ね左右は釣り合っているはずです。
力学の世界では引っ張る力をプラスとする時、押す力はマイナスと定義されます。したがって単純に考えれば押しと引きでは反対の作用であるので、逆の働きとなりますが、押手と妻手は逆方向を向いているので、マイナスが打ち消しあって釣り合うのです。
また、押手の働きと妻手の働きを考える時、押す力と引く力と考えてしまいますが、両肘、両肩に注目すれば、右腕を折り曲げているので、共に押し(圧縮)の力となり同じ方向の力を受けることが判ります。
ここで両肩、肩甲骨が水平であるべきか否かについては、両上腕の角度が対称か否かに関係すると思われます。
大三では押手の腕の角度に対して妻手の上腕の方が高い角度になりますので、肩甲骨は妻手側が少し余計に開いた形になります。
引き分けで妻手を引き込んでくると左右の角度が揃ってきて、ほぼ対称になり肩甲骨が納まって(締まって)きます。
会における両肩の使い方は、現代ではほぼ水平にするのが理想ですが、昔の射法では押手の肩を下内がわに巻き込んで使い、妻手側は締めないでやや高めにして行なわれていた。これは強い弓で多数の矢数を楽にかけるために行なわれた癖であると思われます。
このとき、矢が口割で水平であるので弓手の上腕は僅かに上を向いているのに対して、妻手の上腕は水平に納める射形の場合は対称形にちかいが、掛け金を懸けるように肘を下向きに納める場合には、肩甲骨は妻手側が僅かに下がって閉じる形となりますが、このような射形の場合には右肩が高めとなるので、やや右肩あがりの段違いながら右に回転するので、外見上は肩甲骨が水平に近い形に見えることになります。
自分の射はやや昔流に、弓手の肩をやや低く押さえ気味に控え、妻手の肩は高めに迎える形になっているので、やや捻れて伸びの少ない射になっています。体が楽をして引く癖をつけてしまったようです。
この射形はもう30年来で、長年の凝り固まった癖ですので、容易ではありませんが、真っ直ぐに直そうと考えています。
妻手の肩根を押さえ込んで水平に引き込めば、両肩の肩甲骨がほぼ対称に閉じて水平になる筈ですが、妻手の肩を抑えるため、押手が負けそうになってしまいます。
7-18 前肩さがり、後肩あがりを矯正する
自分の射は、前肩さがり、後肩上がりの癖があり、これを直そうと思っていますが、これが頑固でなかなか直らないのです。この四方山話にもそのことは何度も書いています。「彫像の粘土細工」の話も「押し引きの対称性」のことも、それを意識したものであり、小林先生の「竹林射法七道」では、このことがこれでもかとくどいほど書かれています。
私は中学1年で弓道をはじめましたが、高校1年(15歳)ではもう前肩下がりで前に懸かる癖がありました。43年経過していますので相当にしつっこいカビが生えています。カビキラーくらいでは退治できません。
合宿でのテーマも、納射会、初射会のテーマもこれですが、後肩を抑えるととんでもなく矢が暴れてしまいます。この点で固まった肩を直すのは難しいと言えます。
千葉県の初射会でもとんでもなく高いところにすっ飛んで行き、もう少しで幕に当たるところでした。後肩上がりを水平にしようとすると、相対的には退胴(のきどう)のようになるので、妻手が強くなり下に切れ、押手上がりに切れる傾向が出て上に飛ぶということが判ります。
頭では判っても、体がついてこない、むしろ反射神経が昔を思い出させるのです。
しかし、今年こそはこれを克服して平らに釣り合う射形に矯正します。後肩で担ぐ弓は楽をしようとして逃げた射です。
7-19 続:前肩さがり、後肩あがり
前肩下がり、後肩上がりの癖は、小林先生の言によれば江戸時代に朱子学の影響を受けて中国射法の極意書である「射学正宗」の妄信的な勉強が災いしたものではないかと書かれています。
「射学正宗」は明の時代の弓術書であり、弓手の肩は内巻き込みとして、肩根を低くし、妻手の肩を高く受ける射法としており、これを勉強した江戸時代の弓引きはそのような癖を容認したのではないかというのです。
私の場合は、小林先生の書を読むまで、「射学正宗」については題名だけで、読んだことも内容も知らないので、前肩下がりの癖はその影響ではありません。むしろ斜面打ち起しの陥りやすい癖なのではないかと思います。
三十三間堂の通し矢では胸当てに、肩パッドをつけて引いたので、やはり受け肩の傾向があったのではないかと勘ぐるものです。
しかし、どんなに中国の文化が優れていても、日本の弓道とは道具が違い射法が違いますので、洋弓の射法と異なるように、食い違ってくるはずです。それでも礼記射義に見るように、考え方においては極めて共通する部分もあります。
したがって、全てを丸呑みで信じるのではなく、酸い辛いを見分けながら、参考にすべきであると言いたいのです。
中国の弓は日本の弓に比べて短く、上下対称であり、多分右に矢を番えて、半身でひき、弦は顔の前にあり、矢を目で直接狙って引く射法であろうと思います。そのように考えれば、五重十文字とは異なる射法であるので、前肩下がり後肩あがりも当然であると思われます。
7-20 唯矢束、わがままな矢束
竹林流の奥義書の弓道教歌に「引く矢束 引かぬ矢束に ただ矢束 三つの矢束を よく口伝せよ」があり、他にも矢束には類似の教歌があります。これは骨法に合致した会に至るには、その人に丁度いい矢束があり、それを修練して見つけ言い伝えなさいと言う意味であります。
ところが、矢束の解釈には竹林流の同じ奥義書(江戸時代)の中にも正反対の解釈がなされ、異なった意見のまま伝えられてきました。この原因は言葉の解釈を直接的に表現しないで、意味深長に、玉虫色、反語的に表現する日本人特有の癖のせいではないでしょうか。
【伝書1】「引かぬ矢束」を適正とする解釈
- 「引く矢束」は短いぞ、骨法に至らぬ矢束なり、もっと引くべき矢束である。
- 「引かぬ矢束」は十分に引いて骨法にはまり、これ以上引くべきところのない矢束である。
- 「ただ矢束」は語呂合わせに示したもので、ただ漫然として意味のない矢束である。
【伝書2】「ただ矢束」を適正とする解釈
尾州竹林流の伝書の中で星野勘左衛門は以下の解説しています。
- 「引く矢束」は5部の詰めからみて短いぞ、もっと引くべき矢束。(この解釈は同じ)
- 「引かぬ矢束」は骨相筋道(骨法)にはずれて引き過ぎたる矢束なり。引きすぎて緩む矢束である。(解釈が全く異なる)
- 「ただ矢束」は骨法に合致し、我儘なる矢束である。引き足りなくも、引き過ぎでもなく丁度いい矢束である。わがままなるとは我が体の骨格のままと言うことで、身長の半分とか左手を伸ばして喉から指先までの寸法のことである。(解釈が全く異なる)
また、「引く矢束」について、初心のうちは業を大きくするため引けるだけ一杯に引かせて射させるものという解釈もあり、「引かぬ矢束」は5部の詰めいまだ至らざるゆえ縮みて至らないものとの解釈もあります。
単純な解釈では過ぎたるもの及ばざる如しであり、「中庸」が良いとなるべきところが、「ただ」という重みの無い軽蔑語のため、否定されてしまったと思われます。竹林流では「中庸」を重んじます。「大円覚」、「円相」、「中央」、「引き分け」などすべて片方に偏らずに均等に行なうのが基本です。その点から、引き足りないのも過ぎるのもダメであり、丁度いいのが適正です。
また、「唯真っ直ぐに引き真っ直ぐに離す」、「唯伸びて緩まざる」というように、「唯」という言葉は軽蔑語ではなく、その人の骨格のまま自然に行なうという意味であり、それを骨相筋道に従うといいます。という訳で私は「真っ直ぐに引いて、唯矢束で引き納め、五部の詰めを胸で割って4箇所が同時に離れる射を目指したい」と思います。
ただし、以上は流派の解説であり、弓道教本ではこれらの解釈の違いを踏まえたうえで、ただ引く長さのことではなく、心気の充実の過不足という一段と高い解釈として、「引かぬ矢束」を適正としていますので、学科試験ではくれぐれも上のような解釈は避けてください。
- 「引く矢束」とは手先の業だけで押し引きして放つ。
- 「引かぬ矢束」とは心の安定、気力の充実によって機熟し(やごろに至り)自満の末に発する(離れる)。
- 「ただ矢束」とは矢束は引き込むが、ただ保持しているだけの状態。
7-21 過ぎたるもの及ばざる如し(矢番え)
弓道の心はすべて中庸であり、過ぎたるものは及ばざる如し。
たとえば「矢番えに上下の口伝これあり」、矢筈を上に番える時矢は下に飛ぶ、下に番えるときは逆に上に飛ぶ。修行を積んでくると、狙いというものは微妙なものであり動かしにくいので、この現象を利用して微調整することが、江戸時代から伝えられています。
今日は矢が一寸上目に付くときは筈1つ分上に番え、逆に一寸下目に付くときは筈1つ分下に番えると、丁度よくなり微調整ができるという要領です。
しかし、その調整はせいぜい矢筈1、2個分の範囲内に収めるべきであり、大きく動かし過ぎると矢が失速したり、浮き上がって乱れてしまいます。「過ぎたるもの及ばざる如し」であります。
これを戒めたものが5重十文字の1番目「弓と矢の十文字」であり、矢番えは弦に直角とするのを標準とするものです。矢番えの時弦を鉛直にして、目の高さで確認するのもこのためです。
また、矢番えが正しくても、弓を握る高さが上下しては何にもなりません。弓を握る位置が低いときは、矢番えがその分たけ高過ぎるのと同じであり、矢が失速してしまうことになります。握る位置が低いと、弓の上がますます長く、下がますます短くなり、アンバランスとなりますので、この点からも不利といえます。
7-22 肩の出入りの過不足
初心者のころは肩を強く働かせようとすると、前肩、後肩があがって詰まってしまい、ロダンの「弓を引くヘラクレス」のようになってしまいます。
少し慣れてくると、前肩を少し押さえ気味にして内側に巻き込んで働かし、後ろ肩を逃げないように抑えて引く要領が判り、そうすると肩の力みを少なくして引き分けるコツが掴めたような気がしますが、この肩の出入りにも、過不足があります。
押手の腕を働かせようとして、前肩を出しすぎると相対的に後ろ肩が逃げて、両肩の線が後ろに開いてしまいますので、馬手が強くなって押手が利かないことになります。
逆に押しての肩を控えすぎて受けてしまうと、相対的に馬手の肩が迎えに行って、小さく縮こまった射になってしまいます。
胴つくりの基本が「胸の中筋と両肩との縦横十文字である」ことは誰でもわかっているはずですが、なかなか実行できていないものです。
この肩の出入りのねじれは、足踏みと腰と両肩の3線が重なる「3重十文字」が崩れていることであります。
「地縄(地紙)に上肩妻肩を重ねよ」、という弓道教歌があります。地縄というのは、家を建てるとき地面に測量して墨縄を入れるように、目で引いた墨縄(墨糸)の上に両足の親指を重ねて踏み開いたところに腰(妻肩)、肩(上肩)の3本を正確に重ねよということです。
また、地紙というのは扇の紙の部分のことです。これは足踏みを扇が60度に開いた状態を想定したものであり、趣旨はおなじです。
このとき「矢の線と両肩の線とが約10CMくらい離れて平行線になるはず」であるのに、「押しての腕と両肩を一直線にすること」が正しいと考え違いしているために生じると思われます。腕と肩を一直線にすると、矢とは平行線ではなく三角形となりますので、平行ではなく、ねじれてしまうのです。
結局、肩のねじれは「5重十文字の1つ、胸の中筋と両肩の十文字」が狂っていることであり、直な胴造りのまま収める必要があります。
胴造りは、座禅のようにどっしりと(大日の曲尺)、袴の腰板がぴたっとくっつくように(袴腰の曲尺)、馬の鞍の上に載るようにまっすぐに、気高くゆったりとした(真の鞍の曲尺)中央の胴造りを基本とします。
中央の胴とは、押手に懸かる懸かり胴でなく、馬手にかかる退き胴でなく、つま先体重の伏す胴でなく、踵体重の照る胴(反る)でもありません。左右前後に偏らず、中央にただ真っ直ぐに立つものです。
7-23 物見(頭持ち)の過不足
話の展開から物見の過不足と書いてみたものの、物見が過ぎて弊害になる人は殆どなく、100人に1人程度でしょう。
まれに、物見が向き過ぎると肩が窮屈になり、さらに過ぎると左肩が抜け右肩が出て、両肩が捩れます。三重十文字が崩れて、肩がジグザグになります。いわゆる担ぎ肩といわれ、ひどくなると、縮こまった働きのない射になり、緩み離れとなりやすいものです。物見をしっかりと向けるとき、左肩を物見と同じ方向に逃がしてしまうと、肩が捩れてしまうので、左肩は物見に引き寄せるようにすると、物見も肩も締まる形となります。
逆に、物見が甘い射手は大部分であり、面が緩んで上下左右に傾き、締りのない射となります。狙いにも大きく影響します。物見が不足すると、矢筋と両肩の線が離れ変心が大きくなる。またこの場合、引く意識が強くなり右に開いて体が捩れるので、押せば押すほどさらに右が勝って、三重十文字が崩れ、前に矢が飛ぶ射です。押し手が効かなくなり、手を打ち、髪を払い、頬をうち、眼鏡を飛ばすこともあります。
古書では、「的の方から呼ばれて、はいと振り向く自然な程度で良い」というのがありますが、物見は180度向けるのは無理でありますし、結構苦しいものであるので、甘い気持ちになると緩んで締りのない物見になってしまいます。
物見の基準は五重十文字の5つ目「首筋と矢の十文字」が基本です。これは横から見た場合の縦筋のことだけではありません。自然に向けられるところの限界(ちょっと苦しいくらい)まで真っ直ぐに向けることがポイントです。
これも胴造りと同じく中央であり、左右前後に傾くのは不可であります。すなわち、懸かる面、退く面、伏す面、照る面ではなく、真っ直ぐな面です。このためには首筋は表側だけでなく、裏側(左肩の側)の首筋を伸ばす意識を持つと真っ直ぐに上に吊り上げるイメージができます。
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