櫻井孝が語る「弓道四方山話」尾州竹林の独り言

 

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文責:櫻井 孝(プロフィール


巻の五 母の巻

5-1 懸けの基本

5-2 道具としての懸け

5-3 掛け口の深い浅い

5-4 懸けの指使い

5-5 取り掛けの方法

5-6 懸けの使い方は箸つかいと兎の耳

5-7 勝手の力学的作用

5-8 朝嵐の懸け 加筆訂正

5-9 洗濯ハンガーによる掛け口の練習

5-10 ちょうど良い弓構え、矢番え

5-11 自然な取り掛け

5-12 懸けの手術(続・朝嵐の懸け)

5-13 相応の懸け、懸けの五品

5-14 矢色、嚢じない(のじない) 加筆訂正

5-15 私の弓と懸け

5-16 馬手の捻りの過不足(不及)

5-17 射法と懸けの関係

5-18 会 -抱え-

5-19 会 -懸けの指使い-

5-20 柔らかい離れ口はお札を数えるように

5-21 私の竹林懸け New!


5-1 懸けの基本

 昔の掛けは剣や槍を握れるように、グローブのようなもので、帽子も袖も柔らかい初心者用の懸け、あるいは小笠原流の諸掛けのようなものでした。

 今のような硬懸けとなったのは、江戸時代に三十三間堂の通し矢が盛んになった頃、強い弓を、数多く、楽に引き、離れやすくするために改良されたものであり、現在の弱い弓であれば、グローブ型でも十分なはずです。したがって、合理的に改良された反面、うまく使いこなさないと、かえって難しい懸けとなっています。

 懸けの基本はあくまでも素手にあると思います。ただそれでは指の皮がかわいそうなので、柔らかい鹿皮を使うのです。

 教本4巻の福原先生の手の内、掛けの手の内の写真による解説はすばらしいです。いかにも無理のない離れが出せそうな形だと思いませんか。

 ぜひ読んで頂きたいと思います。一文字、あるいは十文字の親指の働きを形で感じて欲しいと思います。


5-2 道具としての懸け

 懸けには製作者(懸師)によって相当な癖がありますので、自分に合うか否か注意が必要です。懸けの形は先ず親指の長さ、方向、曲がり、および弦枕の位置が親指の腹の中央にあるかがポイントです。次に袖の長さ、方向、指の太さ、なじみ具合などです。

 私は手が小さいので、親指が小さめで、真っ直ぐで、弦枕が親指の腹の中央についていて、少し柔らかめでグローブのようにしっくりするのが好みです。紐は中幅、長めが好みです。

 使うときは懸けを軽く握った状態で手首の上の方で親指の縫い目を隠すように堅めに巻きます。こうすると懸けの袖が堅くても、手首の動きを拘束せず楽に使えますし、懸けが傷まないようです。私はいつもギリ粉を少しつけて、皮が白くなった状態で、適度な摩擦とすべりを保ち、会の詰め合いでギリギリと音が出るようにします。また弦枕は時々こてを当てたり、蝋を付けて滑りやすくなるように手入れをします。ギリ粉で黒くなった汚れはしみ取りなどでふきとります。

 懸けをしまう時は親指の上に3本の指を包むようにして、懸けの紐を斜めにぐるぐると巻き上げて包むと、握ったとき手になじみやすくなります。最後にタオルに包んで、懸け袋にしまうときれいな状態で長持ちします。


5-3 掛け口の深い浅い

 掛け口の弦枕の位置について、深い浅いがあります。これは溝の深さのことではなく、親指の付け根の関節に溝があるもの(現代の掛けの殆ど)が深掛けであり、親指の指先の関節の近くに溝があるものを浅掛けと呼んでいますが現代では殆ど在りません。

 古書によれば、これは好みによっていずれでもかまいませんが、深掛けは堂射のように強い弓で矢数をかけるときに有利ですが、浅掛けは鋭く軽い離れが出やすい長所があると云われています。これは梃子の作用を考えると判り易い、浅掛けでは親指の先の方に弦が掛かっているため親指は弦に引かれて伸びおこされるので、弦の分離が鋭く離れの味が良くなるといわれています。


5-4 懸けの指使い

 懸けの指使いの基本は、離すべきでないときには確実に安全装置として働き、離れるべきときは躊躇無くフェザータッチのリリースができるように準備することと思います。懸けという字は弦を引っ懸けることから云われたものですが、親指の頭を中指の腹で合わせるだけで弦を懸けることができて簡単に離れるように出来ています。

 懸けは親指の頭を内側に向けてゆくか、絞り込みを右回転に戻してゆくとき外れてしまいますが、逆に親指を外側に向けるか、内側に絞り込んでゆくと外れなくなります。親指を外側に向けて勝手を捻りこむと、親指は益々外側に向き、大きく手を開かねば離れ難くなります。鈍い離れとなります。

 竹林流では親指はなるべく矢に平行になるように教えています。これを一文字と云い、弦と直角になることから十文字とも云います。このとき掛けの中で親指が曲がっていると親指は外を向きやすいので、親指の爪を伸ばせと教えています。また親指を抑えて会を維持するのは、三つ懸けでは中指の腹(四つでは薬指)であり、人差し指は中指に軽く添えて協力するものであり直接親指を抑えない方が良いと思います。離れ難くなるからです。

 三つでは薬指と小指は軽く握りますが、これも押手と対応して働きます。これは小指の働きとして以前に書きました。このような一文字の勝手は肘を軽く絞る(捻るのではない)と安全弁を効かしながら離れやすい形が出来ますし、絞り込みの反動を利用して、はじく離れが出やすくなると思います。


5-5 取り掛けの方法について

 取り掛けの方法に「直掛け」と「受け掛け」が在ります。直掛けは取り掛けのときに最初から矢筈のすぐ下で掛けを結ぶ方法です。受け掛けは矢筈の10cm位下の所で弦に直角になるように親指を掛け、それをすりあげて親指の帽子に触れない程度の位置で親指と中指を結ぶ方法です。

 これらは習慣であり、人の好みでありますが、竹林流(日置流竹林派ともいう)では直掛けを嫌い、受け掛けで行うようにします。これは、直掛けより受け掛けの方が矢筈との微妙な位置関係が取りやすいです。また手先で弦を捻り過ぎるのは好ましくなく、右肘全体で軽く絞るような感じが出しやすいと考えているためです。

 そしてこの時の形がそのまま弓懐となり、円相の構えとなります。更にこの取り掛けの角度は大三でも引き分けでも会、離れまで変わらず、弦道、矢筋を決定します。そうすれば、矢こぼれも無く、矢口が開くこともなくなります。


5-6 懸けの使い方は箸つかいと兎の耳

 懸けの使い方は箸の使い方と共通点があると思います。筈こぼれや矢口があいて困る場合には、箸の使い方が参考になります。筈こぼれは直ちに無効になってしまいますので、射て外れるよりもショックが大きく、2度とやりたくない筈です。

 筈こぼれの原因は動作の途中で、懸けの角度を下向きに(下弦を取る)する場合が殆どです。たいていの場合、打ち起しから大三に移るとき、懸けを送って親指がやや下向きになるときに起きます。したがって懸けの角度を変化させないように注意することが大切です。下弦を取る場合には、取り懸けの段階で行う必要があります。

 矢口が開く原因は掛けの人差し指の付け根が矢をうまく支えていないことに在ります。また、中指と人差し指の2本で親指を深く抑えている場合が多いとおもいます。取り掛けの段階では、懸けを軽く捻って矢を抑えて居るはずですが、引き分けの途中で懸けの角度が変化して抑えなくなってしまうためです。

 これらを直すには箸を持って豆を掴むようにすればコントロールしやすくなります。

 懸けの指つかいは、まず親指を軽く真っ直ぐに伸ばし弦に直角(正確には約10度位下向き)にかけ弦を軽く捻って絡ませ、次に中指の腹で親指の頭を抑え、人差し指を中指に添えます。このとき2本の指を伸ばした形は兎の耳に似ていることから、勝手のことを兎に喩えています。

 人差し指が伸びて、中指に添えている形は丁度箸を使う形と同じです。取り掛けから離れまで角度を変えず軽く捻っていれば、矢のように長い箸でも容易にコントロールできます。ぜひ試してみてください。ただし、いままで2本の指で深く握っていたのに、伸ばして中指の腹で抑えるのはとても怖くて指先に力が入るかも知れませんが、親指も中指も人差し指も出来るだけ伸ばして、グーでなくチョキの形になるように努めてください。


5-7 勝手の力学的作用

 勝手の力学的作用についても、X、Y、Z軸について、軸力とモーメント成分の合計6成分があることには変わりがありませんが、勝手が上腕と下腕が曲げられた形になっているので難しくなっています。従って手首の働き、下腕、上腕、肩の働きに分けて考えるのが理解しやすいと思います。

 勝手の指先の働きは押手の指の働きと連動しており、軽く鋭く弾くのが基本です。このとき、指が引っかからないこと、ぱっと開くのではなく、握り込んでゆく離れがポイントです。

 勝手の力は、X軸方向の引っ張り力と、弦からの上揚力に抵抗して下に抑える力があり、これは手首の脈所から手首の関節を通って矢筋方向に伸ばす方向です。

 次に肱の位置ではX軸方向には弓の反発力の20キロですが、肱の水平、鉛直角度の2等分角の分力に見合うだけの後ろ向き(Y軸)の力、下向き(Z軸)の力が必要です。

 また、肩の関節に対しては矢と体との偏心につりあって、肱を後ろに回すモーメント、肱を下に下げるモーメント、および、ひじを内側に絞るねじりモーメントがあり、胸を割って離れるのに重要なポイントとなります。


5-8 朝嵐の懸け

 昨年の11月に長谷川弓具店に注文した懸けが、3月の始めにやっと出来上がってきました。新しい懸けの注文は、「手にぴったりであること、四つ懸けで、親指が短く、真っ直ぐで、掛口は親指の付け根から1cmくらい先の方にあり、溝を親指に直角につける」と言うものです。

 今まで使っていた懸けは自分の手にぴったりであり、楽に引けるので何も不満はありませんでしたが、四方山話を書いているうちに、昔の懸けのように浅掛けの味を試してみたいと思うようになりました。

 また、浅掛けには弦枕が爪先の関節にあるものを折り目、中間にあるのを朝嵐と呼ばれていますが、折り目では自信がないので、朝嵐の掛け口にしました。

 長谷川のおばあちゃんによれば、浅掛けはもっぱら三つ懸けに用いるべきものらしいですが、これまでの慣れから、四つ懸けに朝嵐の掛け口として挑戦しようと思い立って注文したものです。

 現代の懸けは、殆ど掛口の溝が親指の付根についており、深掛けと呼ばれ、力が楽ですが指の使い方が悪いと、引っかかりやすいのが難点だと思われます。

  これに対して、掛口が指の中ほどにあるものは浅掛けと呼ばれ、指先でつまんだ感じとなりますが、慣れると弦の力の梃子作用により親指が起されるので、軽い離れが出しやすいと言われています。

 しかし出来上がった懸けは、手にはぴったりで、親指も短くてまっすぐで、掛け口も付け根から1cmにあり注文どおりですが、掛け口の角度は十文字でなく、約30度くらいの角度があり大筋違となっていました。

 そして使い心地といえば、現在のところ手首に非常に力が入ってしまい、鋭い離れには程遠く、矢にも勢いがありません。しかし、これは浅い掛け口にまだ慣れていないだけなのか、角度が合わないためなのか、まだ判りません。 もう少し使い込んでから、掛け口の調整をしてみたいと思っています。

 余談ですが、懸けを購入した時に長谷川弓具店が付けてくれた日本手ぬぐいには、「朝嵐 教えを受けて 射るならば 昼をば過ぎて 夕嵐なり」と書いてあり、これを読んだ時にかっと熱くなりました。

 これは「初心者に朝嵐の鋭い離れの極意を教えても、簡単にできるものでなく、昼どころか、日が暮れて弛みきったような夕嵐の離れになってしまうよ」と言う意味です。

 一寸恥ずかしいやら、悔しいやら、見透かされた感じがします。「松林に吹き抜ける朝嵐のような涼やかな凛とした離れがでるように追求したいと思います。


5-9 洗濯ハンガーによる掛け口の練習

 新しい掛けができましたが、手首に力が入ってなかなか慣れません。 そこで、家でも夕食後などに、時々手にはめていじっていますので、 グローブのように少しはなじんできました。しかし、的前ではまだ全然 です。

 また、24キロの清芳は強すぎるので、弱く慣らすために時々家で掛け をつけて、エキスパンダー代わりに素引きをしていますが、離れ口の 感じが出せません。

 そこで、洗濯用の針金でできたハンガーを使って掛け口を絡ませたら、 結構良い具合に離れ口の感じが出せることがわかりました。

 針金は中仕掛けと同様な太さであり、弦のように溝にしっかりと掛かり ますし、引っ張るとハンガーは菱形に変形して、弦の角度と同じように なります。またハンガーはバネのような弾力があるので、微妙な指使 いをイメージして、離れ口の練習ができます。

 そして、テレビを見ながらソファーにもたれて、会の掛け口の練習ができる横着さがお勧めです。


5-10 ちょうど良い弓構え、矢番え

弓構え

 最初の動作である弓構えができているかどうかは、その人の射の品格が現れるといわれていまする。 この点から、是非とも絶妙な弓構えを会得したいものです。

  自分のは猫背であり亀の首のようと言われ、年寄りくささが出てきてしまったようです。 弓構えは四方山話の出発点でしたね。 大日の曲尺の胴造りが基本であり、円相の構えができているかが問題ですね。

矢番え

 五重十文字の最初が弓と矢の十文字である。 これは矢番えのとき、矢は弦に対して直角に番えるのを標準とすることを云っていると解釈することもできます。

 弓は上が長く下が短いので、上下(弦)を鉛直にするとき弓は5度くらい傾斜し、会の状態では約10度ほど傾斜するので、握りの位置での弓と矢は厳密には直角とはいえませんが、末筈(上)と元筈(下)を結んだ線は常に鉛直になっているので、全体的には直角になっていると見なすことができまする。

 したがって、矢番えで弦に直角に番え、弓の上下を絶えず鉛直になるように行えば、弓と矢はいつも十文字を形成していることになります。

 矢を弦に直角に番えるためには、矢番えの際に弦が斜めになっていてはいけないことが明白です。弓を目の高さまで上げて弦を鉛直にして確認するのはこのためです。

 この矢番えが筈一つ分高い時、矢飛びは低くなり、矢番えが低いと矢が浮き上がります。これについては昔の伝書にも「筈上下の口伝」として書かれていることは以前に述べました。いずれにしてもこの高さを常に意識することが最初のポイントでしょう。


5-11 自然な取り掛け

 竹林では掛けのことも会と呼び、繋ぐ(つなぐ)、懸(かける)と言う字を用いて、かけと言い、八節の会と2つの意味を持たせています。結んだ掛けが必ず離れることから会者定離に喩えて云うのも同じです。

  伝書では「一に一文字、恵休善力」の口伝があります。 一文字というのは親指を曲げないで反らすようにして、なるべく矢に平行にして水平に掛けます。この時弦に対しては直角になるので、十文字と云い、五重十文字の二つ目の十文字です。 また人差し指(恵指)は休ませ、中指(善指)は力を入れよと教えています。

 私は取り掛けはすっと自然な感じで弦を結ぶのが良いと思います。弦をからませて真っ直ぐに親指と中指を合わせ円相の構えで肘を軽く張るだけです。

 しっかりと握ろうとして、矢の根元を掛けの奥まで突っ込み、親指に2本の指を深くのせて握りこんで手首で捻りこむのはよくないと思います。

 取り掛けの方法には、直に矢の根元を握る直掛けと、矢の根の下10cm位のところで軽く弦を絡ませたらすりあげて結ぶ受け掛けの二つの方法があります。

 連盟の指導では余分の動作は省くようにとの考えから、直掛けを推奨しているとのことですが、竹林では矢の根が、親指、人差し指となるべく平行を保った位置で絡める感じを掴むため、受け掛けで行うように伝書にも書かれています。ここは余分な動作ではなく、取り掛けを行うための微妙な感じを出しやすい自然な動作であると考えているためです。

 しかし、いずれの取り掛けの方法であろうと、深く握り人差し指を親指の上に深く掛けると、親指、および人差し指が下を向き、一文字ではなくなってしまいます。付け根の捻り革のところが矢の根に接する長さが短くなり斜めになります。またこのような取り掛けをするときは、手首で捻りこんでしまうので、親指がまがり、外側に向き、捻り革にあたる感じが希薄になってしまいます。

 このような取り掛けは、大三あたりで筈こぼれ、矢口が開いてしまう原因となります。

 自分が思う取り掛けの形は、会のときの肘と手首の角度をイメージして、そのまま取りかけの位置に移動させること、勝手は離れの瞬間をイメージして親指とてのひらをコの字、あるいはUの字のように矢に平行水平に差し込んで、矢の根が水平に見えるところで中指(四つ掛けでは薬指)の腹で親指の頭をフック状にして結びます。矢をやや浅めにして人差し指と平行にし、捻りこむのではなく肘から円相の構えで軽く絞るのがよいと思っています。

 そしてこのときの矢と指と手首と肘の感じを打ち起し、大三、会まで変化させないようにすることが肝心です。そうすれば、最初に会の形で取り掛けする意味が判り、単純で、いつも同じ弦道を作る準備ができます。


5-12 懸けの手術(続・朝嵐の懸け)

 朝嵐の懸けと称して、掛け口の溝の位置が親指の付け根ではなく、10mm位指先のほうにつけた四つ懸けを購入したが、使いこなせなくて困っていることと、弓具店に溝の角度が斜めすぎるので、直したいと依頼したら「四つ懸けは大筋違いと云うて斜めになっているものですので、慣らしてください」と云われて、かわりに「朝嵐の教えを受けて 射るならば 昼おば過ぎて 夕嵐になるなり」と書いた手ぬぐいを頂いた話を以前に書きました。

 それから、少し使い込んで見たものの相変わらず合わないので、自分で修理することにしました。掛け口の周りの白い革の部分は回りを1mm以下の細かいピッチで丁寧に縫ってありますので、是を解いてしまうともう縫えないであろうなと、多少不安がありましたが、結局カッターで糸を切り、革を強引にめくってみました。

 まるで脳外科の手術のように(見たことはありませんが)見るも無残に剥がして見ました。すると、親指の頭そのものは掛け口の段差はなく、つるっとした円い頭であり、その皮の上に水牛の角を削った幅1cm、厚さ2mm位の台形のへらのようなものが接着してありました。

 この台形の底辺が斜め30度の直線となっているために大筋違いとなっていることが判りました。そこで、この台形の底辺を丸く切って、ほぼ直角に付け、下から1cmで親指の中央に再び接着し、さらに掛け口の皮をかぶせて接着しました。やはり糸で縫うことは素人には無理ですが、ボンドで綺麗に接着できました。

 的前で、これを使用してみたら、掛け口の違和感はなくなり、真っ直ぐに中央から弦が抜けてくれるようになりました。やはり、大筋違いよりも一文字の方が自分に合っていることが判りました。

 これで、夕嵐ではなく、せめて昼嵐くらいになったと思います。また溝を少し指先側にしたのも親指が弦に引かれる感じがあって具合がいいように思います。これで中りも少し安定するとなおいいのですが、それとこれは別のようです。

 結局掛け口の修理は1時間もあればできる簡単なことだと判りました。掛け口でお悩みの方には、お直しは引き受けできませんが、修理のご指導はできるようになりました。


5-13 相応の懸け、懸けの五品

 時の手の内(吾加の手の内)に対して、相応の懸けにて弦道を作るべしと有ります。 すなわち、懸けの五品とは「一文字、十文字、弦搦、深浅、弦計」の五つです。

 これらについても、既にいろいろ書いてきましたので、くどくは書きません。

  • 一文字は懸けの親指を矢筋方向に(厳密にではなくて、概ね真っ直ぐ)伸ばすことをいいます。
  • 十文字も一文字と同じことですが、親指と弦が直角になるような気持ち(五重十文字の取り掛け十文字)です。
  • 弦搦(つるがらみ)と言うのは半捻半搦で述べたように、妻手の懸けの絞り具合をいい、手首で捻るのではなく円相の肘の張り具合を用いて掛け金をかけることをいいます。強く捻り過ぎると、矢の嚢(のう)がしなって矢色(やいろ)が出てしまいます。
  • 深浅(しんせん)とは懸けの弦枕の位置が親指の付け根にあるか、指先に有るかのことであり、朝嵐の掛けとしていろいろ書きました。
  • 弦計(つるばかり)と言うのは懸けの弦枕で弦に引かれる張力を秤にかけて指先に感じて用いることをいいます。

 これらも時の手の内と同様に自分に相応の懸けを用いるべきと言います。


5-14 矢色、嚢じない(のじない)

 矢が尻尾を振りながら飛んでいくのを矢色が出ると言いますが、気持ちよくないですね。素直に真っ直ぐ飛ばしたいものですね。

 矢色の出る状態を考えると、まず矢は真っ直ぐにできており、矢羽が方向を真っ直ぐにしますので、尻尾を振るのは、矢が曲がっている、羽が用を成さない、離れの方向が矢筋(X軸)と角度を持って斜めに切っている、あるいは緩んで放しているのいずれかです。

 矢が曲がっているのは、安土の軒、たまには的枠にぶつけた場合にジュラルミンの矢ではたまにおきることがあります。これは2本の矢を平行に持って、調べたい矢をその上にのせて静かに転がし、次に少し早く転がすとき、曲がっている矢は暴れ出してしまいますので、自分で確かめると良いでしょう。

 羽がいたんでいる時、矢が狂う恐れも考えられますが。羽はほんの少しあれば十分真っ直ぐにとぶはずです。ただ羽が傷んでいるのは扱いが下手であると思われるので、上級者は扱いに注意しています。けっして、天然記念物級の羽が綺麗な矢飛びを出してくれるものではありません。

 したがって矢色がでるのは殆どの場合、矢筋の方向(X軸)に対して角度を持った方向に放すか、緩んで放してしまっているか、あるいは会で矢が撓って(しなって)曲がっている場合です。

 矢の嚢が撓って(のうがしなって)いると、矢は会で曲げられていますので、放した瞬間に矢が曲げから解放されて振動しながら飛ぶので、乱れることになります。

 矢筋をX軸とする時、押手も勝手もX軸の方向に引き分け、絞るのはX軸回りに絞るのが肝心であり、この軸にクロスした角度を持って手首で捻りこむと、離れは出ないし、矢の農を撓って、手首に力みが入ってしまいます。

 ここで、X軸に平行に妻手を取り掛けすることを考えてみましょう。私たち竹林流では取り掛けは矢筈の10cm位下のところで懸けの親指を水平に矢筋方向から差し込み、そのまま中指で親指を軽くおさえて水平に上に刷り上げると人差し指、捻り皮が矢に接する所があり、その位置で中指を結んで取り掛けとします。

 現在、正面打ち起しでは、矢筈のすぐ下に直接懸けを結ぶように指導されています。しかし称号者、上級者はこのことをよく理解していますので、竹林で言っている取り懸けと同様に水平におこなっていますが、初心者はこの直接懸けるとき、殆どの人は筈を深く(下の方に)懸けるため、人差し指が邪魔をするので、親指が斜め下を向いてしまいます。ここで妻手を捻ると親指が外を向き、人差し指の付け根で矢を抑えすぎて、弓との間で捻って嚢をまげてしまうのです。

 したがって私が言いたいのは、取り懸けで妻手を矢に対して水平に平行に差し込み、そのとき会の肘の形を意識して、肘を保って、矢筋と人差し指が平行になるように(やや捻り革の上の方に筈を受けて、そのまま角度を変えず、中指の第2関節と第3関節の間で親指をフック状にかけ、人差し指は中指に添えて協力する(直接親指を抑えない)ようにするのが良いと思います。

 すなわち、行射において絞り込みは必要ですが、X軸の方向をいつも認識することが重要であるということです。それが半捻半搦の方向です。角度を持っている方向に捻りこむのを注意する必要があります。

 矢筋方向に伸びるとき、両肩線と両拳線(矢筋)とが約10〜15cm位偏芯していることから、矢筋ほうこうに伸びれば、そのモーメントにより胸は開いて離れ、紫部の離れとなるのです。決して両手先だけの2部の離れでは有りません。

 しかし、会で緩んで離れに至る時は、会からの連続性が途切れ何処に飛んでゆくか検討がつきません、これが最悪の状態です。

 これも会でX軸とクロスしているとき離れがでないので、緩んで離れると考えることができます。


5-15 私の弓と懸け

清芳 左の写真は小山弓具店の清芳です。これはひごと外竹、内竹の間にカーボンが入っているハイブリッドタイプの竹弓です。

 私は17、19、23、25キロの4本の弓(一橙斎、大庵清心、清芳、清芳)を所有していています。

 普段は少し強すぎますが23キロで練習し、25キロは家でトレーニングに使っています。籐は平籐にしています。

 右の黒色(濃紺)の懸けは27年前に長谷川弓具店で購入したもので、袖はとても柔らかいのですが、帽子は硬くしっかりしています。

 指は短めで、手にぴったりです。小紐は諸がけのように帽子に掛けるように細いものが付いています。

 弦枕は自分で腹革をめくって10mmの位置で一文字に修正してあります。朝嵐のつもりです。

 親指の頭は、磨り減ってきたので、印伝の皮をはってあります。

黒懸け
黒懸け弦枕

茶懸け
茶懸け弦枕

 左の茶色の懸けは去年(2002年)長谷川弓具店で購入したものです。これも袖は柔らかく、帽子は硬く、手にぴったりです。

 しかし、「朝嵐の掛け」として書いたように、大筋違いになっていて手首に力が入ってしまうので、自分で腹革をめくって弦枕を18mmの位置で一文字に修正したものです。

 これは朝嵐というより折り目に近く、一寸やりすぎの感じです。

 最初よりは慣れて来ましたが、黒色の懸けほどしっくりこないので家で素引き用に使っています。


5-16 馬手の捻りの過不足(不及)

 馬手の捻り具合の過不足(不及)について、星野勘左衛門の注釈を現代風に紹介しましょう。

 掛けを結ぶに弦を捻るということ、世人これに過不及(すぎたる、およばざる)あり。過不及ともに了見(りょうけん)の違うところであり、よく考えて知るべし。

 親指の腹に弦を一文字に掛け、その親指を中指、人差し指にて結んでみるべし。このとき弦を捻るの度合いについての過不及は、骨相に引き当てて考えて知るべし。

 人差し指の付け根の横腹の中央に弦の当たるところがある。不及の場合は弦が当たらないし、捻りすぎると人差し指の腹が痛むことになる。これが過不及である。

 捻り過ぎたるときは弦が曲がり、曲がった弦から出る矢は真っ直ぐになるはずがない。弦が不直(ふちょく)であれば、矢の出るところもまた不直となる。すなわち、捻りが強過ぎると弦がロックされて、引っかかり、矢が曲げられて暴れるものである。素直ではない、ひねくれたものとなる。

 掛けの手の裏(ての平:うちがわ)の見えるを嫌うのは捻り過ぎたるゆえである。 また一向に捻らぬを手斧掛け(平付け)といい、これを嫌う。捻りの過不足はひじの骨法のはずれるためである。試して知るべし。

 自分の考えでは、掛けは手首で捻ってはならない、親指を水平にして弦にかけるとき、肘を円相に保ったまま、内側に絞り込むようにすると、掛け口で弦が絡(搦)(から)んでくる。また、平付けは手の甲が見えているものであり、絞込みが効いていないので、緩み勝ちでしまりがない射、離れとなりやすい。

 この掛けの使い方のポイントは矢筈を親指の付け根の深いところに挟んでしまうと、人差し指が邪魔をして、親指が下を向き、これを捻ると外を向いてしまう。また、親指の頭を人差し指で抑えるときも、人差し指が邪魔をして親指が下を向いてしまうものである。

 すなわち、取り掛けで指を結ぶとき、あくまでも親指を弦に直角に当てることを優先しなければならない。

 これが半捻半搦(はんねんはんじゃく)の心であり、5重十文字の1つの「掛けの親指と弦の十文字」が基準であるといえる。


5-17 射法と懸けの関係

 弓道誌の7月、8月号に「射法と懸けの関係について」という題名で、故魚住文衛先生(恩師)の弓道論文が掲載されています。文衛先生は5年前に逝去されましたので、これはご子息である愛知県連会長の魚住一郎範士が編集されての執筆です。

 内容は竹林流の奥義書である「四巻の書」に書かれた懸けと射法に関する考え方をまとめ、現代風に解説したもので、私の「弓道四方山話」も同じ伝書を元にしていますので、基本的な考えは一緒であると思っています。一文字、十文字、半捻半弱(搦)、弦搦(つるがらみ)、受け懸けについて、あるいは懸けの種類、懸け口の角度の影響について解説していますが、これらは「弓道四方山話」でも触れました。

 丁度、昨年の秋ごろ、私が自分の四つ懸けの薬指を解いて三つ懸けに改造したことを、名古屋の友人にメールで書いたところ、思いがけなく魚住一郎範士(愛知県連会長)からメールが直接あり「四つ懸けを改造すると問題が多いので、注意すべきですよ」と教えていただいたことがありました。メールが友達の輪で繋がっていたことから教えて頂いた次第でした。

 私の懸け口は「懸けの手術」と題して、"大筋違い"の弦枕を"一文字"に、また"深懸け"であったものを"浅懸け"に改良したものであるので、三つ懸けの基本的な考えは、違っていないと云えます。いずれにしても懸けは非常に繊細な道具であるので、その性質を十分に見極めないとなかなか慣れないものであるといえます。


5-18 会 -抱え-

 竹林の四巻の書は竹林坊如成の作です。竹林坊の本文は以下の通りです。

四巻之書 初勘之巻 七道 六、会
 一に一文字、恵休善力一大事の口伝也。
 二に十文字、此十文字は惣体にも口伝在之、詰の十文字共云儀なり。

 竹林坊の文章はきわめて簡潔で箇条書きに近いものでありますが、かえって意味深長で解釈が難しいので、それをかの星野勘左衛門が丁寧に解説しています。それを、なんとか口語訳に挑んでみます。星野勘左衛門はまずタイトル(会)の意味について解説しています。

「会」

会という字を書いた理由は「会者定離」の意味である。会うものは定めてわかるるとの心なり。会(かける)により離るるなり。また懸けということは指にかけて引き、離るる時ありて離れることなり。大指(親指)を一騎当千の強みと思って強く働きかけるが、胸筋こそは大将のごとくどっしりと退かず屈まず中央にありて、肘に力を入れて抱え惜しむなり。これを会の大事とする。

抱え惜しむということは、抱えたりといえども肘の力に惜しむ心がなければ、早気になってしまうためである。惜しむものも時にいたればおのずから離るるなりと思うべし。また抱えに(会の深さに)遅速これあり。骨法にしたがい四部の詰めの詰めの楔がよく整う間の抱えであるので、骨法の満る早さには個人差がある。これは弓が活物であり、活物を抱えたるところと知るべし。満ちて詰まり離るるの尺度とする。

みなこれは懸けが正しく真っ直ぐ(正直)であることなり。たとえば掛け結んだものがおのずからはづるるを離れと知るべし。これが抱えであり、掛けたるものを求めて放すのは持つ(たもつ)である。抱えは骨法を育てるので活物であり、持つは骨法を殺すので死物である。

これゆえに竹林流では抱えをもっぱらとする。放す心はかりそめにもあるべからず。離るるを待つなり。おのずから離る時ある。


5-19 会 -懸けの指使い-

 前回の話の続きです。星野勘左衛門は「四巻之書 初勘之巻 七道 六、会」の本文を以下のように解説しています。竹林では「会」という言葉を、会と懸けの二通りにかけて云いますので、ここではもっぱら馬手の懸けの結び方を解説しています。

「一に一文字、恵休善力、一大事の口伝なり。」

一文字とは会(かけ)の大指に弦を一文字に掛けるなり。始中終つねに一文字が違えぬように掛けるべし。恵むとは大指のことである。めぐむと云うてこれより起こるところをいう。

第二指を休むという。この指しめるときは筈にさわりて矢色がつくなり。また、折りかがめてはねるのも筈にさわるなり。この休むの字は世人迷い種々のことをいっているが、休むの字の心はやすむと云うにて知るべし。形はあれどもやすむの心にて、善指(中指)になじみそえて、帽子を押さえぬほどに掛けるなり。遊ぶ指と考えるのははなはだ違っている。

第三を善指という。これは帽子を結ぶ指であり、善きほどに帽子の頭を結ぶものである。この指力むときは懸けの力みと云うて嫌う。しかしながら帽子の頭を結ぶだけでは働きがないのである。これすなわち、休む指をさし添えて善きほどに締めるなり。善指は休指の力合わせて離れるとき離れの冴え、強みともなるものなり。試して知るべし。休む指はその役目がありながら、しばらくの暇ありて守ることとしるべし。抑えるにあらず、はねるにあらず、中指に掛けて結ぶ指と知るべし。押さえ力み締めるのを嫌うなり。

力は四、五(薬指、小指)の二つの指を締めるとき、肘へ能力が至るところを知るべし。また常に肘の骨の角へものがあたるとき、すなわちその小指、薬指の二指に通じることを考えるべし。これみな骨相筋道の正法である。

「二に十文字、この十文字は総体にも口伝これあり、詰めの十文字とも云う儀なり。」

十文字というのは始め一文字に掛けた弦道が、最後まで少しも違わないように、弦と指との十文字である。

この十文字は総体にも口伝これありとは五重十文字のことであり、その条において記すものとする。この十文字掛けてより、引き納め、抱えるまで総体の五重十文字良く揃っていても、掛けの十文字にて抱えるときに、少しでも狂いがあると詰めに至ることができないので、これにより詰めの十文字が大事としるべし。この詰めの十文字が違うのは総体の十文字の規矩がすべて違って(狂って)しまうためである。


5-20 柔らかい離れ口はお札を数えるように

 柔らかい手の内に釣り合うのは、柔らかい離れ口です。これは父母の釣り合いと云って、左右の釣り合いであり、和合といいます。

「剛は父 懸けは母 仲たがいしては 子は育つまじ」

 父は剛であり押手のこと、母は妻手のことで、二人が仲良くつりあっていなければ矢は真っ直ぐに飛びません。

 しかし、これは釣り合いといいながらも、射法訓が云っているように、押手が三分の二、妻手が三分の一の味というように、一寸亭主関白ぎみが良いのです。

「如何ほども 強きを好め 押す力 引くに 心のありと 思えよ」

と言う歌があります。

 押手を柔らかくし過ぎますと、妻手はそれにもまして柔らかくしないと、「かかあ天下」になってしまいますので、押手の手の内の緩めすぎは困るのです。

 鉄砲では左手はがっしりと銃身を構え、右手は引き金をフェザータッチで引くのがコツです。またカメラ撮影でも、左手でレンズをしっかり支え、右手でシャッターを半押しにして、チャンスを覗います。これを「狙いは押手にあり、的中は離れにあり」と教えています。すなわち、左手主導で右手をやや控え気味にして、ちょうどいいのです。

 この柔らかい離れ口の指使いについては、指パッチンの要領、知恵の輪のように抜くグーの離れ、あるいは掛け金を外す要領と書きました。しかし、これらの感じを実際に離れ口で出すのは難しいようですね。

 そこで、「このときの指使いは、お札を数えるように」、あるいは「そろばんを弾くように」と卑近な感じを考えてみました。これらは、いずれも指先に力を入れないで、また指を開かないで、滑らすように使います。これは指パッチンで知恵の輪を解くのと同じです。

 会の詰めあい、伸び合いでシャッターを半押しにして、1枚2枚3枚と、懸けのキチ、キチ、キチと鳴くリズムを聞きながら、そしてやごろの瞬間にお札を数えるように中指をすっと滑らすのも難しいでしょうか。

 またこのとき、親指の頭を抑えているのは中指だけであり、人差し指は中指に添えて協力しているだけで、親指を直接抑えないのが要領である。そうでないと、お札は数えられないし、指パッチンとならないのです。お札を数える、そろばん球を弾く動きは、妻手を捻ってロックしていた掛け金を弾いて解放する味があるともいえます。

5-21 私の竹林懸け

 写真は2年程前に(平成16年12月)名古屋の松波佐平弓具店で購入した竹林懸けです。松波さんには私が高校生の頃、しばしばお邪魔して、お茶菓子をご馳走になりながら矢や弓の修理に行ったものでした。およそ40年ぶりでしたので、当主は代替わりしていましたが、当主もお母さんも覚えていて懐かしく思いました。

 松波佐平は江戸時代から続く尾州徳川藩の弓師で、先代のお母さんが竹林懸けを作っていましたが、以降途絶えていたのを最近になって復元して製作をはじめました。これは既製品ながら私の手にぴったりで柔らかく、気に入って購入しました。

 また、この懸けは革を裏返しにして作ってありますので、中が茶色で外側が白くなっています。白は汚れが目立ち易いので、時々中性洗剤を軽くつけて濡れタオルでクリーニングしています。

 竹林懸けの特徴は写真に示すように、以下のような点にあります。

竹林懸け

▲三つ懸けで、親指の帽子は指の形に合わせて楕円形をしており、先がやや内側に曲がっている。

貼り革

▲親指の頭と中指の腹の合わせ部には、最初から継ぎを当てるようにやや滑りにくい鹿革を貼って、摩擦抵抗を高めている。

朝嵐懸け

▲親指は真っ直ぐ(一文字)であり、弦枕も親指の中央に直角(通常は若干斜め)に付いて十文字。弦枕の位置は、一般の懸けでは親指の付け根あたり(深懸け)にあるが、これは親指の付け根から10mm位の位置、親指の2番目の筋の処(朝嵐懸け)にある。

節抜き

▲親指の帽子は背中側がくりぬいて(節抜き)あるのでやや柔らかく、腰革も適度な柔らかさがあり、帽子は親指を反らせることで動かせるようになっている。

襷懸け

▲柔らかい懸けなので、小紐を弦枕の下に通して襷懸けにして適度に堅くする。

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