手袋考

2013/05/26 日 21:52
峯 茂康



彼は建築の勉強で日本に留学していたことがあって、私は彼が京都に住んでいた2006年末から2008年の春まで一緒に騎射の稽古をしました。

image[手袋]

私は通常無地薄茶色の燻革を使いますが、ちょうど菖蒲革が手に入ったので文様入りの手袋にしました。日本土産としてエキゾチックな方がウケるのではという軽いノリでしたが、薄手で腰の弱い革だったこともあり針目が揃わず難儀しました。革が頼りないと針穴を切ってしまわないようついつい大きくすく いたくなります。加えて、老眼になり始めた目には文様でチカチカする革を縫うのは難行苦行です。このときは縫い上げるのに五日間ほどかかりました。

ちなみに、文様についてカケ師の小沼豊月氏は以下のように著述しています。

又今日では無地物が大多数を占めて、飾り等もなく実用本位に出来て居るものが多くなりましたが、二三十年前迄は、無地、無飾の弽はほとんど 無く、大概は勝虫とか小桜・紅葉等、弓に由緒のある模様を染め出したもので、その模様の一つでも切れたり、縫い目のかかつた處が無く、全部の模様が生きて 居る様に苦心したものです。一枚革の中に模様を染めて裁断したのでは必ず模様が切れたり縫がかかつたりするので、柳原細工などと言つて出来合物に限り使用 されました。上物は必ず弽師自身荒裁ちをして、後手に合わせて寸法を割り出し、其の上で模様の型を置いたものです。(弓道講座)


私が使用したのも染色済みの一枚革です。確かにこれで文様の継ぎ目を合わせるのは不可能です。素人仕事の限界ですね。小沼氏の文章は弓道講座第 一巻(昭和12年刊)に掲載されたものなので、明治後期から大正初期までは文様入り・飾り入りのユガケがほとんどだったということです。当時の職人の技にただただ驚くばかりです。

以上のようにユガケは芸術品ですが、一方で騎射の手袋のように消耗品でもあります。弓道場で社会人が日に百射引くことは少ないと思われますが、騎射稽古では一鞍24射で三鞍四鞍稽古することも珍しくありません。そのため道具の消耗は尋常ではありません。すぐに矢羽根は抜け落ち、筈が割れ、篦が折 れ、弓がへたり、そして手袋は擦り切れます。

騎射の手袋をカケ師に注文すると価格は十万円前後というのが最近の相場のようです。そして納期は二三年かかるとも言われます。消耗品がこれではちょっと辛いです。

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